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SARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン株)による院内クラスター対策と事例解析における発症日とCt値および抗原定量値との関連―山口県―

(速報掲載日 2022/4/27) (IASR Vol. 43 p1139-141: 2022年6月号)
 
背 景

 わが国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の初発例が報告されたのは2020年1月であり、その後約2年間にわたって、それぞれ異なる変異株を主流とする計6回の流行がみられた。2021年末に沖縄県や山口県など複数県から始まった第6波は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2) B.1.1.529系統(オミクロン株)が主流であり、ゲノム解析の結果、当時米国で多数検出されていた系統に近縁もしくは同一配列であるとされている1)。また、同時期の山口県内のSARS-CoV-2新規感染者全体に占めるオミクロン株の割合は急速に増加し、2022年1月に実施された山口県内の516検体のゲノム解析の結果、1月4日発症の患者の検体以降に検査を実施した497検体すべてがオミクロン株であり2)、そのほとんどが米軍岩国基地関連のクラスターのオミクロン株と同一ゲノムもしくは1-2塩基置換であった。

 山口県内で感染が拡大する中で、504床を有する県立病院において大規模な院内クラスターが発生し、患者検知から終息までに入院患者56名および委託業者4名を含む計104名の感染が確認された。

 職員の多くは2021年12月末までに3回目のワクチン接種を完了していたにもかかわらず、無症状病原体保有者を含む44名が罹患した。104名のうち、職員4名および入院患者1名の計5名は発症時期が偶然重なったものの、その後の疫学調査により、今回のクラスターとは関連のない持ち込み事例であることが判明した。対策の一環として、診断のための検査の他、陽性者を早期に検出するために、入院時を含めて複数回にわたるPCR検査もしくは抗原定量検査(院内スクリーニング検査)を実施した。オミクロン株によると考えられる何らかの症状、すなわち発熱や気道症状、倦怠感、頭痛、関節痛など3)が出現した日を発症日とし、発症者の検査実施時期とCt値および抗原定量値との関連をまとめた。

対象と方法

 2022年1月1日~2月17日までに、山口県立総合医療センターにおいてSARS-CoV-2感染が確認された104名のうち、無症状病原体保有者5名および発症日が明確でない1名を除く98名を対象に、診断およびスクリーニングのために院内で実施したPCR検査延べ80件および抗原定量検査延べ106件の計186件について、発症病日(発症日を0とする)とCt値もしくは抗原量との関連をまとめて比較検討した。PCR検査は、鼻咽頭ぬぐい液検体300 µLからXpert®︎ Xpress SARS-CoV-2「セフィエド」を用いてRNAを抽出し、SARS-CoV-2 E領域およびN2領域をターゲットとしてリアルタイムRT-PCRによりCt値を測定し、抗原定量検査はルミパルス®︎ SARS-CoV-2 Agを用いて測定した。また、index caseを含む4検体についてゲノム解析を実施した。全RNAは鼻咽頭ぬぐい液からQIAamp Viral RNA Mini kit (Qiagen, Hilden, Germany)を用いて抽出した。SARS-CoV-2の全ゲノム配列の決定は、Itokawaら4)の改良法により5)、 Illumina iSeq 100 platform (illumina, San Diego, CA)を用いて行った。得られた配列を、SARS-CoV-2 Wuhan-Hu-1ゲノム配列(GeneBank ID: MN908947)をもとにA5-miseq v.20140604を用いてマッピングした。系統の決定はPhylogenetic Assignment of Named Global Outbreak LINeages (PANGOLIN) database (https://cov-lineages.org/resources/pangolin.html)により行った。

発症病日とCt値および抗原量との関連

 Index caseを含む4名の患者の鼻咽頭ぬぐい液から得られたウイルスRNAについて全ゲノム解析を実施した結果、4検体ともSARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン株)であった。

 PCR検査80件のうち、発症前日までに採取された検体を用いた検査は32件で、このうち29件(90.6%)は陰性であった()。発症3日前の検体7件および2日前の検体7件はいずれも陰性で、発症前日の検体11件のうち陽性となった3件のCt値は各21.2、40.4、42.1であった。Ct値が21.2と低くウイルス量が多いと推測された1件は、クラスターの初期に院内スクリーニング検査で検知された入院患者であった。発症日に採取した検体32件では、31件(96.9%)が陽性となり、このうち19件(61.3%)はCt値が30以下であった。発症日に陰性であった1件は、第1病日に再度検体を採取して検査を実施し、陽性(Ct値24.6)が確認された。第1病日~第3病日までに採取した検体各10件、3件、2件はすべて陽性で、Ct値30以下は各9件、3件、2件であった。第19病日に採取した検体を用いて実施した検査が1件あったが、基礎疾患増悪のための再検査であった。

 抗原定量検査106件のうち発症前日までに採取した検体は60件であり、このうち50件(83.3%)は陰性であった()。発症3日以前に採取した検体11件はいずれも陰性で、発症2日前および前日に採取した検体20件、29件のうち、陽性であったのは各1件、9件であった。発症2日前に採取した1件が2,422.86pg/dL、前日に採取した9件中1件が514.65pg/dLおよび2件が5,000.00pg/dLと抗原定量値が高値であったが、この4件(4名)は疫学調査の結果から新たな感染源とはならなかったことが判明している。発症日に採取した検体28件では4件を除く24件(85.7%)が陽性であり、このうち13件(54.2%)は5,000.00pg/dlと高値を示した。第1病日に採取した検体9件のうち5件は高値を示したが、3件は陰性、1件は11.4pg/dLと抗原定量値は低値を示した。第2病日に採取した検体で実施した検査1件は陰性であったが、第3病日以降に採取した検体8件は、すべて陽性かつ高値であった。

考 察

 本事例の4検体および山口県内で2022年1月5日以降に発生した感染者497検体のゲノム解析の結果、すべてオミクロン株であったことから、本事例の感染はすべてがオミクロン株によるものと考えられた。

 オミクロン株症例においては、ワクチン接種歴にかかわらず、発症前に採取された呼吸器検体中の一部に感染性ウイルスが検出されたが、最もウイルス分離効率が高かった発症日から発症4日目に比べるとウイルス分離効率は低い傾向があり、発症前のウイルス排出量は発症直後に比べ比較的少ないという国内のデータがある6)。本調査においても、発症日あるいはそれ以降の検査の多くが陽性となった。しかしながら、発症日であっても陰性になるケースや、陽性であってもCt値が高くウイルス量が少ないと考えられる例もあった。

 国内では、第5波の主流であったデルタ株以前は、疫学調査の際に、発症前の感染にも特に注意を要したが、今回実施した調査では発症前はPCR検査もしくは抗原定量検査が陰性である場合が多く、他者に感染させるリスクは発症後により高くなることを示唆する結果となった。また、発症前に抗原定量値が高値であった例もみられたものの、新たな感染源とはならなかった。院内において、専門家の指導の元にワクチン接種を含めた感染対策がある程度徹底され、有症者を効率的に検出できる仕組みが整っていれば、感染を防ぎ得るあるいはクラスターを最小限に留めることができるのではないかと考えられた。

 施設によっては複数回のスクリーニング検査の実施が難しい場合もあるため、検査を効果的に利用しつつ、まずは厳重な健康観察のもとで症状を確認し、関連する症状が発現した際には速やかに隔離し検査を実施することが重要であると考えられた。実際に、今回のクラスターでは本データを活用して院内での健康観察を見直し、発熱だけでなくオミクロン株感染に多いとされる7)咽頭痛なども確認項目に加え、極軽度の症状であっても検査を実施することとし、対策に役立てることができた。

 今回の調査では、クラスター対策として実施した検査をすべて対象としたことから、曝露前と考えられる結果を含めて提示している。また、主に診断と院内スクリーニングに用いた検査結果であるため、Ct値や抗原量の経時的な変化を確認することはできていない。臨床経過やウイルス量との関連などが判明すれば、さらに対策に有用であると考える。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 国内のオミクロン株の分子疫学調査, 2022年2月9日
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/10962-omi-genome.html
  2. 山口県感染症情報センター, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の県内の発生状況の推移について 
    https://kanpoken.pref.yamaguchi.lg.jp/jyoho/page5-7/page5-7-31-analysis.html
  3. IASR 43: 37-40, 2022
  4. Itokawa K, Sekizuka T, Hashino M,Tanaka R, Kuroda M, Disentangling primer interactions improves SARS-CoV-2 genome sequencing by multiplex tiling PCR, PLoS ONE 15(9): e0239403, 2020
  5. https://github.com/ItokawaK/Alt_nCov2019_primers/tree/master/Primers/ver_N5
  6. SARS-CoV-2 オミクロン株感染による新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査(第6報):ウイルス学的・血清学的特徴
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/11017-covid19-76.html
  7. UK Health Security Agency, SARS-CoV-2 variants of concern and variants under investigation in England Technical briefing 34, 14 January 2022
    https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1050236/technical-briefing-34-14-january-2022.pdf

川崎市健康安全研究所
 三﨑貴子 岡部信彦
山口県立総合医療センター
 横田 啓 長谷川真成 池田安宏 福迫俊弘
山口県環境保健センター
 調 恒明

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