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環境水調査による新型コロナウイルスの下水からの検出

(速報掲載日 2020/7/1) (IASR Vol. 41 p122-123: 2020年7月号)

横浜市衛生研究所では, 2013(平成25)年度からポリオ環境水サーベイランスを調査研究として実施し, 2020(令和2)年度で8年目となる。本報告はポリオ環境水サーベイランスで実施した流入下水濃縮検体を利用したSARS-CoV-2の遺伝子検査の結果である。

新型コロナウイルス感染症(以下, COVID-19)はSARS-CoV-2によって引き起こされる急性呼吸器疾患である。2020年1月30日に世界保健機関(WHO)が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を宣言した。COVID-19は, 咳, 発熱, および下痢などの症状が呈され肺炎を引き起こし, 時に死にいたる場合もある。一方で不顕性感染や軽症例もあり, 感染者の把握が難しい。オーストラリアなどの研究ではSARS-CoV-2が未処理の下水から検出されている1)。今回, 2018年1月~2020年5月までの流入下水を用いたSARS-CoV-2の遺伝子の検出を試みた結果について概要を報告する。

方法

本調査では, 横浜市の11カ所ある水再生センターのうち, 北部地域, 南部地域から1カ所ずつ選択し, 2018年1月~2020年5月の間, 月1回以上の頻度で流入下水を採水した。また, 2019年9月~2020年1月までの期間, 北部地域で2カ所, 南部地域で1カ所の水再生センターで流入下水を採水した。採水日を遺伝子検査の結果とともにに示す。各月500mLの流入下水を陰電荷膜法にて100倍に濃縮した2)。流入下水沈殿物(2019年10月~2020年5月まで:北部地域-2および10月23日分は欠測)は, 陰電荷膜法による濃縮過程で生じる沈殿物を集めた3)。流入下水濃縮物と沈殿物からRNAをそれぞれ抽出し, -80℃で保存し, 解凍後リアルタイムPCRを実施した。リアルタイムPCRには, 病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.9.1に記載のN2セットを使用した。下水濃縮および遺伝子検査には, ヒトのSARS-CoV-2遺伝子検査とは別の検査室を使用し, コンタミネーションが起こらないよう留意した。

結果と考察

2020年4月21日採水の北部地域-1の流入下水濃縮物から、流入下水換算で941コピー/L, また南部地域-1の沈殿物から13.6コピー/gのSARS-CoV-2が検出された()。2020年5月20日採水の流入下水からは濃縮物, 沈殿物ともSARS-CoV-2は検出されなかった。

横浜市のSARS-CoV-2感染者は, 2020年4月頃から増加して2020年4月7日に緊急事態宣言が出された後, 2020年4月11日が発表日ベースでの感染者ピークとなった。その後も感染者は継続して発生していた。SARS-CoV-2 RNAの便中排泄期間は平均で発症後27.9日間であることが報告されている4)。本採水がピーク後10日目に行われたことから, 市内の感染者から便中に排出されたウイルスを, 下水から検出したと考えられた。また, 翌5月の採水ではSARS-CoV-2は検出されなかったことから, 一回の検出ながら, 公表された患者数と下水中のウイルス量が相関する可能性が示唆された。2018年1月~2020年3月まで調査したすべての水再生センターの流入下水からは, SARS-CoV-2は検出されなかった。また, 現在, SARS-CoV-2は下水処理の過程で処理の有無にかかわらずヒトに感染するというエビデンスはない5)

糞便中のSARS-CoV-2排泄が気道を介した排泄より長期にわたることを考慮すると, 本調査は地域における感染持続のモニタリング手法として有用である可能性がある4)。今回の結果から, 既存の地方衛生研究所のポリオ環境水サーベイランスによる下水濃縮の技術を利用し, 今後のCOVID-19対策にとって重要であるSARS-CoV-2の不顕性感染を含む感染者の大幅な増加については検出しうることが示唆された。一方, 本報告で行われた陰電荷膜法による下水濃縮は下水中のポリオウイルスを含むエンテロウイルスの分離を目的とした手法であり, SARS-CoV-2検出に関する感度などの適正については未評価である。そのため, 本報告は実際の下水中に存在するSARS-CoV-2を過小評価している可能性があり, 今後SARS-CoV-2の検出に適した分析法の検討・開発が必要である。

謝辞:本報告は, 日本医療研究開発機構(AMED)の課題番号JP20fk0108066による支援を受けた。

 

参考文献
  1. Ahmed W, Angel N, Edson J, et al. First confirmed detection of SARS-CoV-2 in untreated wastewater in Australia: A proof of concept for the wastewater surveillance of COVID-19 in the community. Sci Total Environ. 2020 Apr 18; 728: 138764. doi: 10.1016/j.scitotenv.2020.138764
  2. Ozawa H, Yoshida H, Usuku S. Environmental Surveillance Can Dynamically Track Ecological Changes in Enteroviruses. Appl Environ Microbiol. 2019 Nov 27; 85(24): e01604-19. doi: 10.1128/AEM.01604-19
  3. Zexin Tao, Zhongtang Wang, Xiaojuan Lin, et al. One-year Survey of Human Enteroviruses From Sewage and the Factors Affecting Virus Adsorption to the Suspended Solids. Sci Rep. 2016 Aug 11; 6: 31474. doi: 10.1038/srep31474
  4. Wu Y, Guo C, Tang L, Hong Z, et al. Prolonged presence of SARS-CoV-2 viral RNA in faecal samples. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2020 May; 5(5): 434-435. doi: 10.1016/S2468-1253(20)30083-2. Epub 2020 Mar 20
  5. Water, sanitation, hygiene, and waste management for the COVID-19 virus: interim guidance Interim guidance 23 April 2020 COVID-19: Infection prevention and control / WASH
 
 
横浜市衛生研究所
 小澤広規 井上嵩之 櫻井 光 川上千春 清水耕平 宇宿秀三
 田中伸子 大久保一郎
国立感染症研究所ウイルス第二部 吉田 弘
(試料提供協力:横浜市環境創造局 下水道水質課)

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