印刷
IASR-logo

国際線航空機内にて新型コロナウイルス感染症伝播が疑われた事例, 2020年8月

(IASR Vol. 42 p132-133: 2021年6月号)
 

 2020年8月, 成田空港検疫所において新型コロナウイルス感染症(COVID-19)症例1例が確認された。当該症例(探知症例)と同じ国際線航空機(搭乗時間:約15時間)に搭乗した者のうち, 3人が入国数日後にCOVID-19と診断された。今回, 明らかな推定感染経路は特定できなかったものの, 航空機内での伝播の可能性が疑われるCOVID-19事例について, 聞き取り調査の重要性, および航空機内での濃厚接触者の範囲等についての知見が得られたので報告する。

方法と結果

 当該航空機の搭乗者のうち, 検査で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が検出された者を症例と定義した。成田空港検疫所により, 濃厚接触者は, 該当航空機において探知症例(#1)と同列の座席を含む前後2列以内に着席した42人とされた。検疫所から, 濃厚接触者が居住する自治体へ連絡がなされ, 各自治体は必要に応じて健康観察, 検査を行った。厚生労働省からの依頼で, 症例に対して電話による聞き取り調査とウイルスのゲノム解析, 濃厚接触者(症例を除く39人)に関しては各自治体からの情報収集を行った。

 探知症例#1は, 入国時, 無症状であり, 唾液による抗原定量検査により陽性が判明した。また, 濃厚接触者42人のうち, 3人(症例#2-4)の陽性が, 咽頭ぬぐい液によるLAMP法検査, PCR検査により判明した。#1-4はA国を出国し, B国経由で入国した。#2-4は同行者であったが, #1とは別のグループであった。出国前に出発国で受けたPCR検査では3人(症例#2-4)とも陰性であり, 日本到着時の検査でも陰性であった。#2は入国後3日目に発熱等の症状, #3は入国後8日目に発熱, 呼吸苦等が出現した。#4は無症状であった。

 聞き取りの結果, 航空機搭乗前および機内における#1および#2-4の直接的な接触は確認できなかった。機内の座席は4例すべて横に同列であり, #1および#2-4の間は座席2席と通路を挟んでいた()。#1と#2-4が機内外において会話を交わしたことはなかった。また, 機内で利用したトイレや通路も異なっており, #1が席を立ったのはトイレのための1回だけであった。4例ともに機内外においてサージカルマスク着用等の感染対策を実施していた。#1には同行者6名がいたが, いずれの同行者も体調不良は認めなかった。#1は同行者の他に, 機内で右隣に着席した乗客と会話があった。

 濃厚接触者39人が居住する21自治体に対して照会を行ったところ, うち20自治体から回答が得られた(回答率95.2%)。情報が得られた33人のうち, 健康観察が実施されたのは18人(54.5%)であり, 全員健康観察期間中に症状は認められず, 検査は行われていなかった()。

 また, 検疫所, 自治体の協力を得て, 症例4例のゲノム解析を実施した。うち3例は十分なウイルス量を示す検体を収集できなかったためゲノム確定ができず, 関係性を証明できなかった。#2-4のうちゲノム確定できた1例はPANGO lineage B.1.36であり, 当時の国内系統の主流であったB.1.1.284(2020年9月現在)とは明らかに異なる系譜を示すコロナ系統であった。このことから, 国内感染ではなく出発国からの持ち込みが示唆された。

考 察

 疫学調査およびゲノム解析の結果から, #1および#2-4の感染経路として可能性の高いものとして次の2つが考えられた。

 ①#2-4の同行者3例のうち最も発症が早い#2が窓側の右側に着席しており, 聞き取り調査から#2は左側(同行者の方向)を長時間にわたり向いていた可能性が高いこと, 同一機内において別ルートで感染したCOVID-19症例が偶然に横一列にて発生する可能性は低いと推察されることから, 出発国で感染し, 機内で右隣の客と会話していた#1から#2に感染し, その後, 同行者#2-4内で感染伝播した可能性, もしくは機内で#1から#2-4への感染伝播の可能性が考えられた。

 ②#1および#2-4は, それぞれ別ルートで感染したと考える場合には, #1は出発国にて感染, #2-4は出発国もしくは出国から成田空港までの旅程中に, 3人全員が同一曝露を受けた, もしくは一部が曝露を受け, その後に同行者内に感染伝播した可能性が考えられた。

 本事例では感染経路の特定には至らなかったが, 航空機内での感染を否定できなかったことから, 航空機における感染対策としては従来どおり, 機内で常時マスクを着用することに加えて, 食事等でマスクを外す際には会話をせず, 前を向いた状態を維持することが望ましいと考えられた。

 さらに, 今回, 席の離れた横に同列の者への感染が疑われたことから, 機内での濃厚接触者の範囲を考慮する際は, 現在航空機の疫学調査に適用されることが多い2-row rule1)により症例と同列のすべての者を含んだ範囲に設定することは妥当であることが示唆された。

 また, 航空機における集団感染が疑われる事例では, 探知した時点で乗客の所在地が広域にわたることが多く, 迅速な対応には関係機関の密な連携が重要である。検疫所ではフォローアップが必要な入国者とその連絡先を適切に把握し, 対象者の所在地を管轄する自治体へ適時に情報提供すること, 検疫所から連絡を受けた自治体は対象者の健康観察を適切に実施すること, その結果について国および自治体で情報共有を図ること, 以上を適切に実施できる体制整備が必要と考えられた。

 謝辞:調査にご協力いただいた厚生労働省, 成田空港検疫所, 関係自治体の皆様に感謝いたします。

 

参考文献
  1. Centers for Disease Control and Prevention, Protecting Travelers’ Health from Airport to Community: Investigating Contagious Diseases on Flights, Updated 3 April 2019
    https://www.cdc.gov/quarantine/contact-investigation.html

国立感染症研究所        
実地疫学専門家養成コース(FETP)
 渡邉佳奈           
同感染症疫学センター      
 土橋酉紀 Anita Samuel 砂川富正 鈴木 基      
同病原体ゲノム解析研究センター 
 関塚剛史 黒田 誠

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan