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SARS-CoV-2のN501Y変異とE484K変異の同時スクリーニングのための工夫―秋田県

(IASR Vol. 42 p152-153: 2021年7月号)

 

 目下のところ, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のVOC(懸念される変異株)への対応として, 2021年1月22日に国立感染症研究所(感染研)から送付されたTaqMan assayを基本原理とするPCR検査プロトコール*が用いられ, N501Y変異の検出をターゲットとしたスクリーニングが実施されている。N501Y変異は英国型変異株(アルファ株)の特徴であるが, さらにE484K変異を併せ持つ南アフリカ型(ベータ株)とブラジル型変異株(ガンマ株)もスクリーニングで検出される。一方で, 現時点での報告対象とはなっていないが, N501Y変異がなくE484K変異のみを有するウイルス(R.1系統)が関東から東北にかけて広がりつつある。R.1系統は, 現行のスクリーニングでは検出できず, 感染研のゲノム解析で判明することが多い。今回, 我々は現行プロトコールに最小限度の改変を加えることでE484K変異の検出能を付加する工夫(秋田の変法)を行ったので報告する。

 現行プロトコールのforward primerであるN501Y_1Fv2のR(G/A)の部分がE484K変異に該当する(GならばE484, Aならば484K)ので, そこが3’末端となるように配列をずらしたallele specific primerを2種類デザインした(Tm値をreverse primerに揃える)。しかし, これだけではどちらも同程度に増幅されて識別できないことから, 3’末端から3番目の位置に意図的なミスマッチを入れて特異性を増強させた1)。反応液として, N501Y_1Fv2をAK-E484-F3:5’-GGTAGCACACCTTGTAATGGTGGTG-3’(下線部が意図的なミスマッチ)で置き換えたもの(Eセット)とAK-484K-F3:5’-GGTAGCACACCTTGTAATGGTGGTA-3’で置き換えたもの(Kセット)を調製し, それぞれに供試RNAを加えた後, real-time PCRを行った(条件は現行法と同じ)。図1および図2に示したとおり, E484K変異がない場合はEセットで, 変異がある場合はKセットで効率的な増幅がみられ, 反対側のセットでは増幅の遅延(7-10サイクルが多い)が観察された(全く増幅されないこともあった)。さらに, 効率的に増幅されたセットについてFAM/VIC判定を行うことでN501Y変異も同時に識別することができた。いずれの変異もサンガーシーケンス, またはゲノム解析によって正しく識別されていることが確認できた。今回の検討ではPCR試薬としてTHUNDERBIRD® Probe One-step qRT-PCR Kit(東洋紡)を, 機器としてLightCycler480Ⅱ(Roche Diagnostics)を使用した。他の試薬を用いる場合には, proof reading活性のある酵素を用いていないかを確認する必要がある(3’ミスマッチが修正されて識別できなくなる可能性がある)。また, Kセットでは感染研配布の陽性コントロールRNAを増幅できないため, FAM/VIC判定は目視で行うか, 必要ならば既知の変異株RNAを用いる。

 いわゆる第3波とされる流行拡大局面から2021年5月31日現在に至るまでに, N2セットによるPCR検査で陽性となった226検体について, 本法を用いてスクリーニングした結果を図3に示した。1月に初めてR.1系統を確認したが, 首都圏からの持ち込み例(家族2名)で, 他の陽性例とは独立していた。3月以降に検出されたウイルスは28例のN501Y変異株(13例と6例はそれぞれ同一の感染源由来)以外はすべてR.1系統に置き換わっていた。N501Y変異とE484K変異を併せ持つウイルスはこれまで確認されていない。7例は判定不能であったが, いずれもN2セットによるPCR検査でのCt値は36以上であった。

 R.1系統のリスク評価はいまだ定まっておらず, 自治体からの報告対象ではないものの, VOI(注目すべき変異株)の扱いを受けており, 流行拡大状況は注視してゆく必要があるものと思われる。一方で, マンパワーを含めた検査リソースが逼迫していることも事実であり, ここで新たに別の検査法を導入するのは現実的ではない。本法はすでに実施されている検査系に最小限度の改変を加えることで, N501Y変異とE484K変異の両方をスクリーニングできるように工夫されたものであり, 変異株対応の一助となり得るものと考えられる。

 本法を検討するにあたり, 陽性コントロールとなる各種変異株RNAを分与いただいた感染研ウイルス第一部, および貴重な供試検体RNAを分与いただいた新潟県保健環境科学研究所に深謝いたします。

* TaqMan assayを基本原理とするPCR検査プロトコール
forward primer(N501Y_1Fv2): CTTGTAATGGTGTTRAAGGTTTTAATTGT(最終濃度 0.6μM), reverse primer: GGTGCATGTAGAAGTTCAAAAGAAAG(同0.6μM), N501検出probe: FAM- CCAACACCATTAGTGGGTTG-MGB(同0.1μM),
501Y検出 probe: VIC-CCAACACCATAAGTGGGTTG-MGB(同 0.1μM),
反応条件等は「感染研・地衛研専用」SARS-CoV-2 遺伝子検出・ウイルス分離マニュアル Ver.1.1の「4. リアルタイムone-step RT-PCR法によるSARS-CoV-2の検出」に準ずる

 

参考文献
  1. Hayashi K, et. al., Theor Appl Genet 108: 1212-1220, 2004

秋田県健康環境センター保健衛生部       
 斎藤博之 秋野和華子 藤谷陽子 樫尾拓子 柴田ちひろ
 佐藤由衣子 齊藤志保子  

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