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神奈川県における新型コロナウイルス感染症で出現する症状の疫学的解析

(IASR Vol. 42 p172-174: 2021年8月号)

 
はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者は, 2020年1月16日に国内で初めて感染患者が確認されて以来増加し続け, 感染拡大を防止するため, 政府は3月25日に外出自粛を要請した。

 4月7日には, 神奈川県を含む7都府県に緊急事態宣言が実施され, 4月16日には緊急事態宣言の対象が全国に拡大された。その後, 感染者数の減少がみられたことから, 政府は5月25日に緊急事態宣言を解除し, 経済活動の一部が再開した。

 COVID-19では, 多くの症例において発熱や呼吸器症状(咳嗽, 咽頭痛, 鼻汁など), 頭痛, 倦怠感がみられ, また嗅覚障害, 味覚障害を訴える患者も多いことが報告されている1,2)

 今回, 緊急事態宣言が発出された2020年4月7日から, 緊急事態宣言が解除された5月25日までの期間において, 神奈川県感染症情報センターの管轄地域の感染症発生動向調査(NESID)に登録された発生届を基に, 症状別の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)検査陽性化のリスクについて評価するため, 陽性者1,026名, 陰性者1,000名のデータを解析した。

方 法

 2020年4月7日~5月25日までに, 神奈川県感染症情報センターの管轄地域のNESIDに登録された発生届5,894件を対象とし, 陽性者, 陰性者をそれぞれ症状別に分け, 各症状のオッズ比と95%信頼区間(95%CⅠ)を計算し, その陽性ステータスと症状の関係について評価した。

 95%CⅠに1を含むことは, 5%有意水準で検定した場合, 帰無仮説を含むことになるのでこの場合は有意でないと判断した。

 解析対象は陽性者1,026名, 陰性者4,868名で, 条件を均等にするため, 陰性者4,868名から乱数を用いて1,000名を抽出し, 陽性者1,026名, 陰性者1,000名を対象とした。

 症状は, 発生届に記載のあった21症状を対象とした。また男女差, 年齢差についても検討した。男女差については, 男性陽性者545名, 女性陽性者481名を解析対象とし, 年齢差については60歳以上陽性者330名, 60歳未満陽性者696名を解析対象とした。

結 果

 陽性者の年齢中央値は49(範囲0-99)歳で, 性別では男性が53.1%であった。陽性者の年齢構成をに示した。

 陽性症例での症状出現率は, 発熱821名(80.0%), 咳嗽443名(43.2%), 倦怠感191名(18.6%), 味覚障害165名(16.1%), 肺炎149名(14.5%), 嗅覚障害124名(12.1%), 無症状66名(6.4%)となった。症状別でのオッズ比および95%CⅠを図1に示した。

 筋肉痛19.9(95%CⅠ: 2.7-148.3), 悪寒10.8(95%CⅠ: 1.4-84.0), 鼻汁8.7(95%CⅠ: 3.7-20.3), 嗅覚障害7.5(95%CⅠ: 4.5-12.4), 味覚障害5.8(95%CⅠ: 3.9-8.6)の他, 喀痰, 食欲不振, 関節痛, 倦怠感, 咽頭痛, 頭痛, 咳嗽, 下痢, 肺炎, 発熱の計15症状が有意であった。その中でも筋肉痛がみられることによりSARS-CoV-2陽性となるリスクの上昇は19.9倍となり最大であった。しかし信頼区間の幅が広く, 精度は低かった。

 嗅覚障害のオッズ比は7.5(95%CⅠ: 4.5-12.4)で, 味覚障害のオッズ比5.8(95%CⅠ: 3.9-8.6)と比較すると, 症状がみられた時のSARS-CoV-2の陽性に関与するリスクは嗅覚障害の方が高かった。

 男女別では, 男性では鼻汁21.8(95%CⅠ: 2.9-162.3), 嗅覚障害6.1(95%CⅠ: 3.1-12.0), 食欲不振4.8(95%CⅠ: 1.1-22.2), 味覚障害4.8(95%CⅠI: 2.9-8.0), 咽頭痛3.8(95%CⅠ: 1.9-7.7)の他, 喀痰, 関節痛, 倦怠感, 頭痛, 呼吸困難, 咳嗽, 発熱, 下痢の計13症状で有意であった。女性では筋肉痛12.3(95%CⅠ: 1.6-94.6), 嗅覚障害7.9(95%CⅠ: 3.9-16.0), 食欲不振 7.7(95%CⅠ: 1.8-33.8), 味覚障害7.3(95%CⅠ: 4.0-13.3), 鼻汁6.1(95%CⅠ: 2.3-15.9)の他, 喀痰, 関節痛, 咽頭痛, 倦怠感, 頭痛, 咳嗽, 肺炎の12症状で有意であった。女性では, 男性で有意であった下痢, 発熱, 呼吸困難が有意ではなく, 男性で有意ではなかった筋肉痛, 肺炎が有意であった。

 年齢差でのオッズ比および95%CIを図2, 図3に示した。60歳以上では, 咽頭痛12.1(95%CⅠ: 2.8-52.3), 頭痛11.4(95%CⅠ: 2.6-49.5), 食欲不振9.0(95%CⅠ: 2.6-30.4), 倦怠感5.7(95%CⅠ: 3.1-10.4), 下痢4.2(95%CⅠ: 1.5-11.7)の他, 鼻汁, 呼吸困難, 咳嗽, 発熱の9症状が有意であった。60歳未満では筋肉痛16.2(95%CⅠ: 2.2-121.6), 鼻汁12.3(95%CⅠ: 3.8-40.0), 味覚障害6.4(95%CⅠ: 4.1-10.0), 嗅覚障害6.2(95%CⅠ: 3.7-10.7), 喀痰5.9(95%CⅠ: 2.3-15.2)の他, 肺炎, 関節痛, 倦怠感, 咳嗽, 咽頭痛, 発熱と11症状で有意であった。60歳以上では, 60歳未満では有意であった喀痰, 肺炎, 関節痛, 味覚障害, 嗅覚障害, 筋肉痛が有意ではなく, また60歳未満では, 60歳以上で有意であった頭痛, 食欲不振, 下痢が有意ではなかった。

考 察

 COVID-19において, 味覚障害, 嗅覚障害がみられることは広く知られており, 欧州での報告では, 軽症から中等症の患者415人を対象としたところ, 85.6%に嗅覚障害がみられ, 88.0%に味覚障害がみられたと報告されている3)

 今回の解析では, 神奈川県におけるCOVID-19患者では, 味覚障害, 嗅覚障害といった症状が観察された場合, SARS-CoV-2陽性となるリスクの上昇がみられ, さらに嗅覚障害は味覚障害と比較すると, よりオッズ比が大きいことが判明した。

 嗅覚障害の原因としては, 通常のウイルス性感冒と同様に, 鼻粘膜の浮腫, 鼻汁といった鼻炎症状によるものの他に, ウイルスによる直接的な神経細胞の障害が報告されている4)が, 各症状間の関連については, 今後の研究において多変量解析などでさらなる検討が必要であると考える。

 また, 60歳以上では60歳未満で有意である味覚障害, 嗅覚障害が有意ではなかった。女性では男性で有意であった下痢, 発熱, 呼吸困難が有意でないなど, 性別や年齢によって症状ごとの陽性となるオッズ比が異なることも明らかになった。男性の方が女性より, また高齢者の方が若年者よりも重症化のリスクが高いという報告例5,6)もあり, SARS-CoV-2感染と症状の関係についても男女差や年齢差がみられる可能性がある。

 今回の解析にあたり, 発生届を提出いただいた医療機関ならびに保健所をはじめとする行政機関の各関係者に深く感謝申し上げます。

 

参考文献
  1. Chen N, et al., LANCET 395: 507-513, 2020
  2. Giacomelli A, et al., Clin Infect Dis, doi: 10.1093/cid/ciaa330, 2020
  3. Jerome R, et al., Eur Arch Otorhinolaryngol 277: 2251-2261, 2020
  4. Li YC, et al., J Med Virol 92(6): 552-555, 2020
  5. Takahashi T, et al., Nature 588: 315-320, 2020
  6. Westmeier J, et al. mBio, doi: 10.1128/mbio.02243-20, 2020

神奈川県衛生研究所企画情報部  
 川村太一 伊藤 舞 木村睦未 大塚優子 関戸晴子 寺西 大 

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