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疫学的なつながりが全ゲノム解析で補足できたSARS-CoV-2デルタ株感染事例(2021年7月)―札幌市

(IASR Vol. 42 p205-206: 2021年9月号)

 

 2021年7月上旬, 札幌市内で2例しか確認されていなかったL452R変異を持つ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に, 札幌市職員3名を含む6名が同時期に罹患した。札幌市職員は業務上のつながりが乏しい2部署から確認されており, 発症2週間前に2部署は同じ空間で業務を行うことはなかったが, 感染した3人は同じ日に, 集団Aに対応していた。札幌市では初のL452R変異株感染が集団で確認された事例であり, 疫学調査とゲノム解析で感染経路が推測されたため, 事例を紹介する。

 本事例では, 症例を2021年7月1日~8日までに札幌市内で確認されたL452R変異株によるCOVID-19感染者で, 感染可能期間に集団Aと接触したことがある人, または札幌市衛生研究所で実施したゲノム解析で1塩基違いまでのウイルス株による感染者と定義した。

 症例は6名が該当し, 女性が1名(17%), 年齢は10代が1名(17%), 20代が3名(50%), 30代が1名(17%), 40代1名(17%)であった。発症日はそれぞれ7月1日1名, 2日1名, 3日1名, 4日1名, 6日2名であった()。属性は, 札幌市職員3名, 報道関係者1名, 会社員1名, 学生1名であった()。札幌市役所を訪問した集団Aは事前約束がなかったため, 職員が窓口で約60分間やり取りを行い, その後, 会議室(広さ約60m2)で対応が行われた。対応職員は最初に(部署ア)職員2名が30分間, 続いて(部署イ)職員2名が加わってさらに45分間対応した。職員は全員が不織布マスクを着用していたが, 当該グループはほぼ全員がマスク非着用であり, 少なくとも1名は咳をしていた。会議室は窓のない空調のきいた部屋で, 対応職員がパーティションの設置を提案したが, 集団Aの合意は得られなかった。札幌市職員以外の3名の症例のうち, 1名は集団Aと同じ内容の主張をする集団を6月下旬に取材した報道関係者であった。また, 会社員は学生の濃厚接触者であった。全ゲノム解析では, 6名中4名の検体が解析可能であり, 札幌市職員1名, 報道関係者1名, および札幌市内の会社員のゲノムは完全に一致し, 1名(学生)が1塩基違いであった。

 本事例が起こったのは札幌市内のデルタ株によるCOVID-19流行前のことであり, また市内の流行状況は比較的落ち着いていた(約20例/日)1)。この状況で, お互いに接触が乏しく, 集団Aと接触した札幌市職員, 集団Aと同じ主張をする集団と接触した報道関係者からのウイルスゲノム遺伝子情報が全一致したことから, 彼らの感染は集団A, もしくは集団Aのメンバーを含む集団との接触によるものであった可能性が高いと考えられた。会社員と学生は, 同じ曝露機会に感染した, または一方が他方に感染させていたと考えられたが, 発症日が最も早かったことから, 2人またはどちらか1人の感染のきっかけは, 札幌市職員が曝露した時点以前に集団Aと何らかの接触があった可能性が否定できないと考えられた。

 札幌市役所での対応において, 札幌市職員は不織布マスクを使用していたが, 集団Aの中にはマスクをしていないものが大多数であった。不織布マスクは感染リスクを大きく減少させると考えられているが2), 換気の悪い場所での比較的長い時間の曝露があった場合, 不織布マスクをしていても感染が成立するリスクがあることが確認された。市役所等の公務職場においては, 性質上, 職場の入り口に厳重なセキュリティシステムを導入することは難しく, 住民が比較的自由に出入りできる環境である場合が多い。しかし, 庁舎管理においては不意の来客で, マスク使用を理由なく拒否する場合などを想定した対応に備えておくことが, 職員の安全と感染症のまん延防止に必要である。

 
参考文献
  1. 札幌市, 新型コロナウイルス感染症の市内発生状況
    https://www.city.sapporo.jp/hokenjo/f1kansen/2019n-covhassei.html(2021年7月16日閲覧)
  2. Chu DK, et al., Lancet 395: 1973-1987, 2020

札幌市衛生研究所          
 山口 亮 細海伸仁 石田 睦   
札幌市医療対策室          
 南 晴仁 石川珠美 白水 彩   
札幌市保健所            
 西條政幸             
札幌市保健福祉局          
 館石宗隆             
国立感染症研究所薬剤耐性研究センター
 山岸拓也

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