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単科精神科病院の療養病棟で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)集団感染事例の血清疫学調査(第1報)

(IASR Vol. 42 p210-211: 2021年9月号)

 
はじめに

 2020年9月, 県内の単科精神科病院(以下, 病院)の1閉鎖療養病棟(病床数60)において新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団感染事例が発生した(本号31ページ参照)。事例探知時の入院者数は58名であった。同年4月より面会は制限されていたが, 認知機能障害など基礎疾患の特性から棟内の標準感染予防策の実施は難しかった。積極的疫学調査の結果, 感染源は特定されなかったが, 地域の流行状況や流行曲線などからウイルスが1つの侵入経路で持ち込まれたものと考えられた。最終的に, PCR検査で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性と判定されたCOVID-19の確定症例は70例(患者55例, 職員15例)となった。

 今回, 今後のCOVID-19対策に資するべく, 病院におけるSARS-CoV-2感染者の抗体価を測定し, その動態を明らかにすることを目的とし, 確定症例者の協力を得て本事例の血清疫学調査を開始した。以下に調査方法と初回の抗体測定結果について報告する。

調査方法

 調査対象は, 本人もしくは家族の同意が得られたCOVID-19の確定症例64例とした。入院患者の血液は病院で実施している定期検査で採取した血液の一部を使い, また職員については同じ時期に別途採血を行い, 得られた血清を用いて三重県保健環境研究所でSARS-CoV-2に対する抗体を測定することにした。最初の抗体測定は, 事例発生から約2カ月後の2020年11月の採血で得られた血清で実施し, 以後, 毎月1回2021年5月までの6カ月間と, 事例発生から1年後および2年後に抗体測定を実施する計画を立てた。なお, 本調査の実施については病院の倫理審査委員会で承認を得た。

 抗体測定は, 国立感染症研究所のCOVID-19血清学的検査マニュアルに従ってELISA法と中和試験法を実施した。ELISA法に使用したSARS-CoV-2感染細胞溶解液は, SARS-CoV-2 JPN/TY/WK-521株とVero9013細胞を用いて作製し, COVID-19発生前に得られた本調査とは関係のない52例の血清を用いてカットオフ値を設定した(WV-ELISA)。中和試験法は, SARS-CoV-2 JPN/TY/WK-521株とVeroE6/TMPRSS2細胞を用いて接種法で行った。また, これらの抗体測定法を評価するため, 初回採血で得られた結果について市販のELISAキット〔Proteintech社製Anti-SARS-CoV-2 N protein Human IgG ELISA kit(NP-ELISA)およびEpiGentek社製SeroFlash SARS-CoV-2 IgG/IgM ELISA Fast Kit(SP-ELISA)〕との相関性を確認した。

結 果

 調査対象者64例の年齢は41~93歳(中央値67歳)で, 男女比は1:1, 有症状者の採血日は発症後41~69日目(中央値52日)であった。

WV-ELISAにより64例中62例(96.9%)から抗SARS-CoV-2抗体が, また中和試験法により64例中52例(81.3%)からSARS-CoV-2中和抗体が検出された(図1および)。WV-ELISAのOD値は, NP-ELISAのOD値と強い正の相関を示し, 一方で中和抗体価は, SP-ELISAのOD値と強い正の相関を示した(図2)。しかし, WV-ELISAのOD値と中和抗体価の間, また, それらと診断時のCt値および発症から採血までの日数の間には相関性は認められなかった。

考 察

 国内におけるCOVID-19の血清疫学に関する知見はまだ十分とは言えない。今回我々は, COVID-19の理解と今後の感染対策に寄与するため, COVID-19確定症例の血中抗体を経時的に測定することにした。

 COVID-19患者の96.9%で, 発症13日以降にイムノクロマト法により血中抗体が陽性になったことが報告されており1), 本調査でもWV-ELISAにおいて同等の結果が得られた。しかし, 抗SARS-CoV-2抗体陽性であっても中和抗体が検出されない症例も多くみられた。この原因として, 本調査の結果からWV-ELISAは主に抗Nタンパク質抗体を測定していると考えられる一方で, 中和抗体はSタンパク質の受容体結合領域を認識しており, 両者で測定している抗体が異なることがあげられる。さらに中和試験法は, 一般的に特異性は高いが感度は低く, 使用するウイルスや細胞によって結果に影響を及ぼす可能性があることなどが考えられた。

 中和抗体についてもCOVID-19患者のほとんどが, 発症から3~6カ月後も保有していたことが報告されているが2,3), 本事例における2カ月後の中和抗体保有率は81.5%であった。この差は, 検査時期や検査方法の違いによるところが大きいが, 一方で市中での再感染によるブースターの有無も要因として考えられた。また, 精神疾患の合併や, 向精神薬による影響などとの関連についても, 今後, 精査する必要がある。

 本調査の特徴として, 単回曝露の集団における抗体価の経時的な動態を明らかにできる可能性が挙げられる。今回調査対象となった入院患者のほとんどは, COVID-19流行以前から療養しており, 本事例以前に感染していた可能性は低い。さらに, 集団感染以降, 病院や当該病棟の感染管理はいっそうの徹底が図られ, 少なくとも採血までの2カ月間は調査対象患者において再感染の機会はなく, 今後も入院療養期間中は市中感染のリスクは著しく低いと考えられる。本調査における経時的な抗体測定の意義はこの点にもあると考えられ, 2回目以降の結果についてもいずれ報告したい。

 謝辞:本調査にご協力いただいたJA三重厚生連鈴鹿厚生病院関係者の皆様をはじめ, 国立感染症研究所感染病理部, 三重県鈴鹿保健所, 三重県医療保健部, 三重県保健環境研究所の職員の方々に深く感謝いたします。

 

参考文献
  1. 迅速簡易検出法(イムノクロマト法)による血中抗SARS-CoV-2抗体の評価
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/9520-covid19-16.html
  2. Goto A, et al., Front Microbiol 12: 661187, 2021
  3. Yamayoshi S, et al., EClinicalMedicine 32: 100734, 2021

三重県保健環境研究所        
 楠原 一 矢野拓弥 小林章人 永井佑樹 北浦伸浩 中井康博        
JA三重厚生連鈴鹿厚生病院      
 中瀬真治 金原伸一 平野 均             
三重県医療保健部          
 原 康之 宇野智行 下村孝枝(現三重県伊勢保健所) 紀平由起子
 田辺正樹(現三重大学医学部附属病院)
国立病院機構三重病院        
 谷口清州             
国立感染症研究所          
 神谷 元 駒瀬勝啓 黒澤克樹 

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