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コールセンターにおけるCOVID-19クラスター事例:気流調査に基づく予防策の検討

(IASR Vol. 42 p234-236: 2021年10月号)

 
はじめに

 2021年5~6月, 東京都内のオフィスビルの1つのフロア(Aフロア)に所在する複数のコールセンター(事業所)で, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の症例が報告された。これら症例の集積を確認した管轄である池袋保健所が, 国立感染症研究所(厚生労働省クラスター対策班)に本事例の感染源・感染経路の検討を要請した。また, 気流・換気の調査に関しては北海道大学および熊本大学の協力を得た。本稿では, 調査結果と提言を簡潔に報告する。

方 法

 症例定義を, Aフロアにて勤務した従業員において, 2021年5~6月の調査期間中に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2) 陽性と判定された者(症状の有無を問わない)とし, Aフロアの視察, 事業者からの聞き取り, 複数の事業所の気流検査を実施した。

発生状況

 発熱, 咽頭痛, 頭痛, 咳, 倦怠感など, どれか1つ以上の症状を最も早く発症した者は, 5月X日のB事業所の1名であった。保健所が探知した5月(X+6)日までに3つの事業所で計11名の発症者があり, その後, 6月中旬(5月X日+25日)までに, 計4事業所の計209名を対象とした検査で100名が陽性となった(陽性割合:47.8%)。陽性者のうち疫学情報が入手できたのは58名で, うち有症状者は48名(83%), 症状の内訳は, 発熱65%, 咳54%, 咽頭痛や倦怠感が約40%であった。発症後も出勤していた従業員も確認された。

現地調査の結果および考察

 ビル管理法で定められている換気の条件は, 成人男性が黙って執務にあたっている状態を前提とし, 主に一酸化炭素濃度10ppm以下, CO2濃度1,000ppm以下等が定められており, これらに適合していれば1人当たり毎時30m3という必要換気量を満たすとされている。一方, コールセンターでは, 執務時間の多くは発声した状態で業務にあたっている。このような職場環境を念頭におき, 現地調査で観察・見分した所見をまとめる。

予防策の課題

 ①有症状者の毎日のチェックとその記録については確認できなかった。

 ②手指消毒のタイミング(共用物品使用の前後, マスクを触った後の手指衛生等)や, 正しい手洗い・消毒薬の使用法に関する啓発が不足していた。

 ③各事業所は独立していたものの, 下記のような共用部分では以下の状況が観察され, 感染予防策に関する共通した注意喚起が必要と思われた。

 -出社退社時の出入口での密集時の会話, 手指消毒剤の未使用

 -洗面所での複数人同時の歯みがき

 -複数事業所で使用する共用ロッカーは消毒せずに使用

 ④執務環境の消毒(共用の机, パソコン, ロッカーなど, 複数の者が触る物)についてルールは定められておらず, 不十分であった可能性が高かった。

換気に関する調査結果

 ①温湿度・CO2濃度計で測定した各室のCO2濃度は, 測定期間平均で823-901ppm, 最高値は1,147-1,335ppmであり, 1,000ppmを超えていた。

 ②夜間はCO2濃度が高く推移し, 8時過ぎにさらに高くなる。CO2濃度減衰より推定した夜間の換気量は対象空間全体で30-110(m3/h)と少なく, 換気(外気・排気)が停止している時間(朝と夜)に在室者がいたため, CO2濃度が高くなっており, 換気が不足していることが示唆された。

 ③1人当たり換気量は34-74(m3/hp)。窓開け換気(WV)によって14(m3/hp)以上増加した。

 ④満席(280人)の場合, 1人当たり換気量は17-27(m3/hp)。機械換気(MV)は14(m3/hp)と, 30(m3/hp)未満であり, 在室者が多い場合にはCO2濃度が顕著に高くなっていたことから, 窓開け等による外気取り入れが必要とされるほど, 換気が不足していたものと考えられた。

 これらの状況から, 換気の不十分な執務室に陽性者がいる環境のもと, 手指衛生や環境整備の不足があったことや, 共用場所におけるマスクを外した状態での会話や接触などが要因となり, SARS-CoV-2の感染がAフロアの事業所で拡がったと推測された。

 予防策の課題については, 事業所の種類にかかわらず共通してよく認められるものであり, 改善策として, 1)発熱だけではなく軽度の症状を記録する, 有症状者の集積を探知できるように日々の記録を確認する担当者を決める, 2)有症状者が複数, 同時期(おおむね1週間以内)に認められた場合には, 安全な労働環境の再確認を目的として, 感染対策について保健所へ相談する, 3)担当の産業医または産業保健師とともに, 各事業所の労働衛生管理責任者や健康観察の方法を検討し実施する, 4)感染予防策を実施しやすい環境づくりを行う, 5)正しい手指消毒のタイミングや方法/マスクの正しい使用法を啓発する, 6)マスクを外す場面(喫煙, 食事, 歯みがきなど)では, 1m以上の距離をとり対面を避ける, 特にその間は私語を慎むこと, などを提言した。

 空調換気に関する対策としては以下の点を挙げた。1)在室者がいる時間には, 空調換気設備を運転する, 2)一部の空間で換気が不足する状況が生じないように, 天井内の暖冷房機(温調機EHP)の風量を常時確保する, 3)在室人数が席数の50%を超えると, 空調換気のみでは換気量が不足した状態に至るため(目安としてCO2濃度1,000ppm), 窓開け換気を常時行う, 4)換気量の不足を補うため, 空気清浄機によってエアロゾルを除去することの効果が期待できる。その効果を上げるための目安は, 在室者ごとに風量0.3(m3/min)以上, 十分なエアロゾル捕集力(HEPAフィルター相当)である。

 コールセンターは社会インフラの1つとして, 近年, 事業規模や従業員数も増加している1)。コールセンターにおけるCOVID-19対策は, 一般的な感染症対策に加えて, 電話での会話を主体とする業務の特徴を踏まえた, 換気・空調・気流の検証も踏まえたものが望ましいと考えられた。

 

参考文献
  1. 一般社団法人日本コールセンター協会(CCAJ), 『2020年度 コールセンター企業実態調査』報告

東京都豊島区池袋保健所      
 今枝眞理子 石井実芳 村上邦仁子
東京都実地疫学調査チーム(TEIT) 
 鈴木江利子 吉田 敦      
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース    
 塚田敬子            
実地疫学研究センター      
 福住宗久 島田智恵 砂川富正 熊本大学 長谷川麻子       
北海道大学大学院工学研究院    
 林 基哉 菊田弘輝

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