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国内流行初期のSARS-CoV-2デルタ株国内探知症例の疫学的, 分子疫学的特徴について

(IASR Vol. 42 p267-269: 2021年11月号)

 

 2020年にインドで報告された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株であるB.1.617.2系統の変異株(デルタ株)は, 2021年3月下旬に検疫で初めて検出され1), 4月に日本国内で感染者が確認されて以降, 8月中には大都市圏でゲノムが解読された症例の約9割がデルタ株になるなど, 急速に置き換わりが進んだ。国立感染症研究所(感染研)はデルタ株流行初期に国外からの流入起点が少なくとも7つあることをハプロタイプネットワークから同定し, 7つのうち6つは終息したこと, 残る1つからその後全国に流行が拡大したことを報告した2)。今回, 自治体公表資料, SARS-CoV-2感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)への登録情報から疫学情報を収集し, 7つの起点における流入および感染拡大の要因について検討を行った。

 2021年7月27日時点でのハプロタイプネットワーク図(図1)で①-⑦の各流入起点に所属する症例について, 自治体から感染研へ送付されたものは付随するHER-SYS番号から疫学情報を抽出した。また, 民間検査会社から送付されたものは, 年齢・性別・検査日・検査医療機関名を基にHER-SYSで該当する症例を検索し, HER-SYSの登録情報と一致したものについて疫学情報を抽出した。

 流入起点①, ②には国外との明確な関連があり, ③, ④は国外との関連が疑われた。⑤-⑦は国外との関連がなく, 感染源も不明で国内への流入経路が判明しなかった。

 起点①は南アジア地域から帰国した後に発症した家族を持つ関西地方の外国人症例であった。本症例からの直接的な感染拡大は判明していないが, 同一ゲノムを有する同県内の外国人症例が報告されており, 隣県内のクラスターにも関連していた。起点①に関連する症例発生は途絶えており, クラスター対策により封じ込められたと考えられた。

 起点②は中京地方で報告された南アジア地域から帰国した症例が発端であった。この症例からの感染拡大については疫学情報が得られなかったが, 関連するゲノムを有する症例の報告は途絶えている。

 起点③は関東地方でのクラスター事例であり, 上流に外国籍の症例が複数報告されていた。地域の外国人で感染が起こっていた可能性があったが, 直接的な国外とのつながりは不明であった。
起点④は関東地方の事例であり, 外国籍の症例が含まれていたが, 起点③と同様に明らかな国外との関連を示唆する情報はなかった。いずれの事例も関連するゲノムを有する症例の発生は途絶えている。

 起点⑤は関東地方の2県から報告があった疫学的リンク, 国外との関連性がない散発例である。2県で報告された症例にはゲノムの直接的なつながりはなく, それぞれが独立した小さな一群であった。類似したゲノムを持つ症例は少なく, 流入源は不明であった。

 起点⑥は九州の一群であった。HER-SYSとの突合はできなかったが, メディア情報から, 国外との関連はないと報道された症例と一致していると考えられた。他県への移動が示唆されたが, 類似したゲノムを有する症例は他県では報告されておらず, 県内への流入経路は不明であった。

 起点⑦に端を発する, 現在国内で主流となっているデルタ株の系統(以下, 主流系統)の中では, 関東地方から5月に報告された症例が最も報告が早いが, この症例は国外や県外との関連性はなく, 感染源は不明であった。そのほか, 主流系統の上流で明らかな国外との関連性がある症例は確認できなかった。

 主流系統については, 主要な3つのnode(図1 α, β, γ)と, そこから連なり複数の症例を含み, かつ次のnodeへつながりがあるnodeについて疫学情報を収集した。該当する症例は379例であった。このうち187例が自治体から提出されており, 88例のHER-SYS番号が判明した。また157例が民間検査会社から提出され, 27例のHER-SYS番号が判明した。残りの35例は, 自治体と民間検査会社のどちらから提出された検体か判別できなかった。HER-SYS番号の判明した計115例について感染源, 感染伝播経路を検討した。

 主流系統の症例は10~50代の活動的な年代が91例(79%)を占め(中央値35歳, 範囲0-96歳), 届出都道府県は関東地方からが90例(78%)であった。5~6月までは関東地方に報告が限られるが, 6月中旬~7月にかけては, 東北から九州まで多くの地域で検出された(図2)。また, 関東地方の1自治体から報告があったクラスターに関連した症例が, node α, β, γのすべてにまたがって含まれており, 本自治体を含む首都圏で活動的な年代を中心に感染が拡大し, 全国に拡散した可能性が考えられた。一方で, 首都圏から地方への移動の記録のあるものは2例のみであり, 地方流出の具体的要因は不明であった。

 今回の調査より, 終息した6つの流入起点(①-⑥)の多くは, 大規模なクラスターや地域での大規模な市中感染に繋がる前に自治体により探知, 封じ込めの対応が行われていた。起点⑤は国外や他地域との関連がみられなかったが, 独立した小さな一群に留まっており, 広域に広がる前に探知できた事例であった可能性が考えられた。一方で, 主流系統(⑦)は探知時点で感染経路不明の症例があり, 既に市中感染が広く成立していた可能性が考えられた。そのため, 主流系統はクラスター対策などでの封じ込めに至らず, 結果として活動的な年代を中心に感染が全国へと広がった可能性が考えられた。今回, 終息した流入起点と拡大した流入起点の違いを検討した結果, 新規変異株の国内蔓延を止めるためには, 国外から流入した変異株を流入早期に各地で探知し, クラスター対策につなげることが重要であると考えられた。

 謝辞:検体収集, 検査等にご尽力いただきました医療機関, 自治体(保健所, 衛生研究所, 本庁等), 検査会社等の関係者の皆様に深謝いたします。

 

参考文献
  1. 新型コロナウイルス感染症(変異株)の患者等の発生について(空港検疫)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18805.html(2021年9月14日閲覧)
  2. 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について(第12報)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/10554-covid19-52.html(2021年9月14日閲覧)

 

国立感染症研究所             
実地疫学専門家養成コース(FETP)    
 太田雅之               
実地疫学研究センター/感染症疫学センター
 土橋酉紀               
実地疫学研究センター          
 砂川富正               
病原体ゲノム解析研究センター      
 関塚剛史 黒田 誠          
研究企画調整センター          
 竹下 望               
厚生労働省感染症危機管理専門家養成プログラム                
 髙橋宏瑞 島谷倫次

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