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八尾市の外国人コミュニティにおける新型コロナウイルス感染症発生時の地域的なコミュニケーション支援等の体制強化(2021年3~4月)

(IASR Vol. 42 p290-291: 2021年12月号)

 
背 景

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年12月に中国湖北省武漢市で発生した新興感染症である。世界保健機関(WHO)は, 3月11日にパンデミック(世界的な大流行)の状態にあることを表明した。2021年8月31日現在, 世界では累積症例数が約1.7億人, 死亡者数が約340万人1), 国内では2021年9月3日現在, 累積症例数が約152.1万人, 死亡者数が約1.6万人と報告されている2)。国内のCOVID-19クラスターにおいては, これまで外国人居住者における事例の発生が散見され, 予防啓発および発生時の対応に関して情報提供等の課題が指摘されてきた3)。本報告は, 大阪府八尾市の外国人を主体としたCOVID-19のクラスター発生下で実施された, 地域における外国人への情報提供や連携体制強化の取り組みから得られた所見に関して報告するものである。

 2021年3月28~30日にかけて, 八尾市保健所管内で4人のCOVID-19発生が公表された。この4人はいずれも「食品製造業Z」に勤務する, 同保健所管内におけるベトナムにルーツのある人々のコミュニティに属すると考えられた。本報告では以下の事項を把握することを目的とした。

 1) ベトナム人COVID-19陽性者の全体像

 2) ベトナムにルーツのある人々のコミュニティへのコミュニケーション方法

 3) 地域における外国人への支援体制

対象と方法

 症例定義は2021年3月10日~4月30日に八尾市保健所管内のベトナムにルーツのある人で, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の陽性者とした。同保健所が実施した疫学調査情報を収集し, 記述疫学的検討を行った。また, 症例とは別に, 外国人へのコミュニケーション方法や地域の支援体制について, 八尾市ベトナム人会, 八尾市職員(保健所, 人権関連部局)へグループ・インタビューを行った。

結 果

 2021年4月30日時点で症例は87人であった。初発例は3月24日で, 以後4月7日をピークとして22日まで断続的な症例の発生を認めた()。症例の年齢中央値は29歳(範囲:0-63歳)であった。

 性別は女性が51人(59%)であった。施設における集積は, 食品製造業Z関連症例が36人(41%)で最も多く, 内訳は従業員23人, 家族等接触者13人であった。食品製造業Zに続いて症例が多く報告されたのは工業関連会社Xの9人(10%)であった。内訳は従業員が7人, 家族等の接触者が2人であった。症例全体のうち福祉施設に勤務している症例が6人(7%)確認された。外国人症例61%の居住地は市内の主に3つの町に分布していた。

 食品製造業Zでは, 3月24日の発症者4人を初発として, 陽性が判明した16人がいずれも同じ部門で勤務していた。聞き取りできた発症日が同一であったことから, 4人が単独の感染源から同時に曝露を受けた可能性が考えられたが, 感染源は不明で, 職場内か否かの推定も困難であった。初発例4人のうちの1人と, 同じ職場の他部門の従業員が3月27日に開催された地域でのベトナムにルーツのある人々の食事会に参加していたことから, 3月27日の食事会がその後の感染拡大の機会の1つとなった可能性が示唆された。食品製造業Zは4月9~14日までの期間, 工場を閉鎖した。4月15日以降, 本事例に関連した新たに発症した症例は確認されなかった。

 グループ・インタビューで, ベトナムにルーツのある人々のコミュニティの特性, コミュニケーションや雇用に関して以下の情報が得られた。

 ・休日に集まって飲食をすることは多い。

 ・体調不良を自覚した際の医療機関受診が, 言語の問題で難しい場合があった。市が平時から発信している多言語の広報誌やチラシの内容を更新し, 活用を強化した5-7)

 ・地域のベトナム人会のキーパーソンと密に連携し, 対応の方向性を確認した。

 ・ベトナム人会と連携して, SNSを活用した広範な情報提供を行った。

 ・コミュニティFM放送局を通じたベトナム語の情報提供や注意喚起を行った。
・全般に, 外国人のSARS-CoV-2陽性者に対する感染予防策に対するコミュニケーションが困難な場合があった。

 ・医療機関, 公衆衛生機関によっては, SARS-CoV-2陽性者が外国人である場合の氏名の聞き取りや正しい表記・記録が難しい場合があり, 濃厚接触者の把握等が困難な場合が少なくなかった。

 ・SARS-CoV-2陽性の判定が, その後の就業に影響を与えるのではとの不安をもつ者が多く, 聞き取りを難しくする一因となっていた。

 ・感染の不安を感じた外国人が多数で医療機関を受診したことがあったが, 対応した医療機関による工夫や保健所との連携により, 比較的スムーズに推移した。外国にルーツのある人々のコミュニティへの情報提供や連絡体制の強化は必要と考えられた。

八尾市が実施した対応

 同市役所に平時から在籍しているベトナム語通訳4)と保健所が連携し, COVID-19患者への対応や濃厚接触者の把握等をあらためて行った。

 その後, 同市内におけるベトナムにルーツのある人に関連する症例の報告数は減少し, 最も感染者が多かった食品製造業Zについて注目すると, 工場が閉鎖された4月9日を起点として2週間目の4月22日以後には, 関連する新規症例を認めなかったことから, COVID-19事例の終息と判断した。平時からの対応に加え, 事例発生時の外国人を対象に含めた様々な情報提供体制等の強化による効果が得られたと考えられた。

 謝辞:八尾市ベトナム人会, 八尾市内の関係医療機関, 関係各位の皆様に深謝いたします。

 

参考文献
  1. COVID-19 Weekly Epidemiological Update, Edition 55
    https://www.who.int/publications/m/item/covid-19-weekly-epidemiological-update
  2. 国内の発生状況など(令和3年9月3日0:00現在)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html#h2_1
  3. 群馬県前橋市を中心とした外国人の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集積事例, IASR 42(2): 21-22, 2021
  4. 八尾市, ベトナム語による相談窓口・通訳
    https://www.city.yao.osaka.jp/0000048993.html
  5. 八尾市多言語情報誌91号
    https://www.city.yao.osaka.jp/cmsfiles/contents/0000052/52903/Vietnamese91.pdf
  6. 八尾市, ―Hiện tại, việc mong muốn người dân cần hiêu rõ-(今, 市民の皆様に知ってほしいこと―新型コロナウイルス感染症について―)
    https://www.city.yao.osaka.jp/cmsfiles/contents/0000050/50903/Vietnamese0511.pdf
  7. 八尾市, 外国人市民の方へ 新型コロナウイルス感染症のお知らせ
    https://www.city.yao.osaka.jp/0000050903.html

 
八尾市保健所            
 高山佳洋 羽山実奈 須釜千宏   
大阪健康安全基盤研究所       
 柿本健作 入谷展弘 本村和嗣   
国立感染症研究所実地疫学研究センター
 八幡裕一郎 砂川富正 

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