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単科精神科病院の療養病棟で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)集団感染事例の血清疫学調査(第三報:臨床的背景)

(IASR Vol. 43 p74-76: 2022年3月号)

 
はじめに

 我々はこれまでに2020年9月に県内の単科精神科病院において発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団感染事例とその対応, および血清疫学調査の結果を報告した1,2)。本稿では本調査の対象となった患者の精神科診断や治療の状況, COVID-19の重症化因子や重症度等の臨床情報をまとめた。併せてワクチン接種後にみられた発熱の状況について報告する。

調査対象者
図1

 当該病棟におけるCOVID-19集団感染では, 入院患者59名のうち55名がPCR検査によりCOVID-19と診断された。本調査は, 集団感染終息後1)(最後の感染者が確認されてから3週間後)の2020年11月に, それまでに死亡した5名と, 調査への同意が得られなかった1名を除く49名を対象として開始された。対象者の年齢は69.0±9.9(mean±SD), 男女比は26:23, BMIは20.0±3.2(mean±SD)であった。

 なお本調査は, 病院の倫理委員会の承認(No.2020-1)を得て実施した。

精神科診断および治療状況

 精神科診断では統合失調症35名, 知的障害5名, 認知症3名, その他6名であった。その他には双極性感情障害, 認知症を除く器質性精神障害, コルサコフ症候群が含まれた。抗精神病薬を服用していたのは39名で, 治療効果にかかわる換算とされるクロルプロマジン換算値3)では平均473mgが処方されていた。

 2019年12月31日までに39名が当該病棟へ入院していた。残りの10名はいずれも集団感染の発生16日以上前に入院し, うち7名は身体合併症治療のため一時的に総合病院へ転院していた後に再入院したケースであった。

COVID-19の臨床像

 患者をCOVID-19の重症度4)別に分類し, 年齢, 性およびCOVID-19重症化のリスク因子4)の有無, 事例発生2カ月後の中和抗体価2)の中央値と四分位数をに示した。年齢および重症化リスク因子の有無は, 集団感染当時のデータに基づく。

 重症度別では軽症が最も多かった。リスク因子は中等症Ⅱで最も高率に有していた。

 各群における中和抗体価の中央値は, 無症状から重症までの順に10, 20, 40, 160, 20倍であった。

 集団感染終息後の調査開始から2021年12月までの14カ月間にがんの進行や肺炎等, COVID-19以外の直接死因により当院または搬送先の急性期病院で7名が死亡した。COVID-19の重症度別では軽症が3名, 中等症Ⅰが2名, 中等症Ⅱと重症が1名ずつであった。

 集団感染の発生前である2020年8月までの1年間では, 同様に死亡した当該病棟患者は2名, 2019年8月までの1年間では, 4名であった。

ワクチン接種後にみられた発熱
図2

 集団感染の発生後9カ月から順次, 新型コロナワクチン接種(ファイザー社製)を実施した。退院や死亡などの転帰および不承諾の患者を除いた40名に接種した。接種当日(Day1)からDay5の間に37.5℃以上の発熱がみられたのは, 1回目の接種で17名, 2回目では10名であった。1回目および2回目ともにDay2に発熱のピークがあった。いずれもDay5までに発熱は消失し, 重篤な副作用はみられなかった。

考 察

 集団感染が発生した精神療養病棟には, 慢性に経過する精神障害のため在宅や施設での療養が難しく, 長期間の入院を要している患者が多い。本調査の対象者も, その多くは本邦で初めてCOVID-19が報告された2020年1月以前から入院していた。以降に入院した10名のうち7名は一時的に転院していた総合病院からの再入院で, 十分な感染管理がされていた。また, 当該病棟では感染予防の観点から集団感染の発生前より面会や外出が制限されていたことから, 本集団の特徴としてSARS-CoV-2には単回のみの曝露である可能性が高いことが挙げられる。

 Teixeiraらは, 統合失調症患者では精神疾患を有しない対照群と比べCOVID-19のPCR陽性率に有意な差はみられなかった一方で, 身体合併症や喫煙の要因を調整してもなお対照群に比しCOVID-19による死亡率が約4倍高かったと報告し, 統合失調症における慢性的な軽微な炎症との関連を想定している5)。今回の集団感染においては統合失調症の精神科診断が多くを占め, 事例発生から2021年12月までの16カ月間に12名が死亡し, 年間死亡数としては9人に相当した。集団感染発生以前に比べ増加していたことからは, COVID-19が直接死因ではないとしても精神疾患を有する患者の生命予後に少なからぬ影響を与えた可能性が考えられた。

 本調査におけるCOVID-19の重症化因子にかかわる結果からは, 重症群のnは3と限られるものの, 既知の因子だけではない要因の存在が推定された。また, 重症度と中和抗体価に正の相関がみられたとするこれまでの報告6)とも本調査の重症群は一致しなかった。これらの相違には, 合併する精神疾患の病態や治療薬等が一因となった可能性はないだろうか。上述の生命予後への影響とともに, さらなるデータ蓄積による検証を要する。

 COVID-19既感染者では, ワクチン接種による発熱等の副反応が初回接種でも比較的高頻度にみられたとの報告がある7)。本調査の対象者でも感染から約9カ月後, ファイザー社製ワクチンを接種し, 1回目の接種後に37.5℃以上発熱した者は40%を超えた。一方, 2回目では25%にとどまっており, さらに接種を重ねていくと発熱等の副反応はどう変化するのか, 3回目の接種以降の結果が興味深い。この点でも単回曝露の集団における観察の意義は大きい。

 今後も調査を進め, 単回曝露における抗体価の動態を示すとともに, 精神疾患を有する患者の予後へのCOVID-19の影響を知ることにも役立てたい。

 謝辞:患者さんならびにご家族をはじめ, 本調査の実施にご理解とご協力をいただきました多くの方に深く感謝いたします。

 

参考文献
  1. 原 康之ら, IASR 42: 207-209, 2021
  2. 楠原 一ら, IASR 42: 210-211, 2021
  3. 稲垣 中ら, 臨床精神薬理 20: 89-97, 2017
  4. 診療の手引き検討委員会, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第6.0版 2021年11月
  5. Teixeira AL, et al., JAMA Netw Open 4(11): e2134969, 2021
  6. Trinité B, et al., Sci Rep 11: 2608, 2021
  7. Beatty AL, et al., JAMA Netw Open 4(12): e2140364, 2021

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