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群馬県において検出されたSARS-CoV-2デルタ株関連症例からみえた課題(2021年5月13日~10月12日)

(IASR Vol. 43 p147-149: 2022年6月号)

 

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は, 2022年3月7日時点で, 全世界において4.4億人以上に感染し, 590万人以上を死に至らしめている1)。2019年12月に中国の武漢でみつかったSARS-CoV-2はその後, 様々な変異株が世界各地で確認されパンデミックを長引かせている。2020年末にインドで出現したとされるB.1.617.2系統の変異株であるデルタ株は, 2021年4月に日本でも検出され, 8月を中心に大きな流行を引き起こした2)。群馬県においてもデルタ株は, 2021年5月13日採取の検体で最初に確認され, 8月を中心に大きな流行を起こした。群馬県衛生環境研究所では, 国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターと共同で, SARS-CoV-2のゲノム解析を行い, ハプロタイプ・ネットワーク図を作成し, 疫学情報とあわせて解析を行っている。その結果から, 群馬県におけるデルタ株の感染状況に関する知見を得たので報告する。

方 法

 2021年5月13日(第19週)~10月12日(第41週)までに, 群馬県衛生環境研究所で感染研法に従いSARS-CoV-2と確定した検体の中からCt値(30未満)などを基準として選定した601株のウイルスゲノム全長をmultiplex PCR法で増幅して, 次世代シーケンサーを用いて全ゲノム配列を確定した3)。その後, デルタ株と確定した443株を使用し, ゲノム情報から得られた塩基変異を基にウイルス株間の関係を示すハプロタイプ・ネットワーク図を作成し, 疫学情報とあわせて解析を行った。感染経路は, 保健所が実施している疫学情報を基に, 1.同居家族, 2.知人・友人, 3.職場・学校・施設等, および4.不明, の4つに分類し, 各系譜における感染の特徴について調べた。

結果および考察

 群馬県ではゲノム情報から得られたハプロタイプ・ネットワーク図によって, 群馬県におけるデルタ株の流入起点(ハプロタイプ・ネットワーク図上で起点と考えられる検体)が5つあったと考えられる(図1)。系譜①, ②および③は, Pangolin分類では デルタ株の初期系統B.1.617.2であり, 系譜④および⑤は国内の特有系統AY.29であった(図1)。系譜①および②の発生時期は比較的早期に探知された検体であったが, その後, 他の系譜に比べ早期に検出されなくなり, 感染拡大には繋がらなかったと考えられた(図2)。系譜③は, 8月を中心に感染が持続した系統であったが, 同時期に流行した系譜④および⑤のほうが流行規模が大きく, 県内における感染の主体は系譜④および⑤であったことが示唆された(図1, 図2)。

 それぞれの系譜ごとの感染状況を疫学情報を基に調べると, 系譜①の流入起点となっているのは, 5月13日(第19週)に採取された群馬県で初めて確認されたデルタ株の症例であり, 海外(ネパール)からの帰国者である。その後, 外国人の間で感染の連鎖が推定されるケースもあったが, 比較的感染者数が少なかったこともあり, 6月11日(第23週)に採取された検体を最後に収束した。系譜②は, 5月21~28日(第20~21週)にかけて採取された福祉施設のクラスターに関連しているが, その後の発生は途絶えており, 感染の連鎖はみられなかった。系譜①と②においては, 感染の規模が比較的小規模であったことから, 保健所等による早期探知とその後の対応が施設での感染拡大防止に寄与した可能性が高いと考えられた。

 系譜③において, 流入起点となっているのは7月19日(第29週)と26日(第30週)に採取された検体である。この2症例はいずれも海外渡航歴のない外国人に関連していた。系譜③全体では, 外国人の症例が52.6%(30/57)を占めており, 他の系譜よりも外国人に関連した割合が高く, 外国人の知人・友人を介する連鎖がみられていることから, 外国人への対策が必要であったと考えられる。また, 系譜③全体では推定感染源が不明であることが多いが, 職場で感染した同居家族からの感染が比較的多いことから, 職場における感染対策が重要であったと考えられる()。

 系譜④は, 7月2日(第26週)~10月11日(第41週)に採取された検体であり, 流入起点となっている10症例の感染源となった陽性者との関連は, 県外の陽性者との接触が4例, 職場が2例, 不明が4例であった。感染源となった陽性者との関連は, 全体として不明が多いが, 職場を経由して同居家族が感染している症例が多かった()。系譜④では症例数が154例と多く疫学調査が十分に行えなかったこともあり, 感染源となった陽性者の推定感染源が不明の割合(66.9%, 103/154)が高かった。このようにいったん感染規模が大きくなってしまうと保健所等の対応だけでは感染対策を講ずることが困難になる。結果として感染の連鎖を防ぐことが困難となり, 十分な対応策をたてることができなくなってしまうと考えられる。

 系譜⑤は, 7月1日(第26週)~10月8日(第40週)に採取された検体である。その流入起点となっている13症例における感染源となった陽性者との関連は, 県外の陽性者との接触によるものが7例, 職場によるものが2例, 知人・友人が1例, 不明が3例であった。流入起点となっている検体における疫学的な関連や系譜④との関連を示唆する症例は見当たらなかったため, 県外からの感染ルートも対象とした広域な調査も必要と考えられる。全体として感染源となった陽性者の推定感染源は不明が多いが, 職場を経由して同居家族が感染している症例も多かった()。系譜⑤においても症例数が221例と多かったことから, 疫学調査も十分に行えない症例も増加し, 感染源となった陽性者における推定感染源が不明となってしまう割合が59.3%(131/221)と高かった。系譜④と同様に, 感染の規模が非常に大きくなったことによって, 十分な対応ができなかったことが示唆された。系譜④と⑤が同時期に発展していることから(図2), 大規模かつ複数の流入起点(図1)が発生した場合は, 疫学調査による接触者情報のみでは感染源の特定に混乱が生じたものと推察された。

 以上のように, 群馬県におけるデルタ株の感染状況は, 感染者数が少なく保健所機能が維持できている段階では, 早期探知により大きな連鎖を起こさずに感染対策を講じることが可能であったが, 一度に多くの感染者が出てしまう状況になると, 陽性者の感染経路を追跡し, 感染リンクを追跡することが難しくなってしまい, 結果として感染対策を講じることができなくなってしまうことが明らかとなった。また, ゲノム解析は, 新たな系譜の流入を監視するための有力な方法であり, 疫学情報を補完する役目を果たしている。つまり, ゲノム情報と陽性者の疫学情報とを総合的に解析することで, 感染の流入と拡散や感染リンクの繋がりをより詳細に把握することが可能となる。感染対策において, 陽性者における疫学情報を集積することは重要であり, 効果的な感染対策につながると考えられるが, 感染の規模が大きくなりすぎた場合, 保健所機能が十分に発揮できなかった。感染の拡大を防ぐためには, 迅速な対応により陽性者数を抑えていくことが重要である。今後は保健所機能を維持し効果的な調査を行い, ゲノム情報を有効に活用することで状況に応じた対策を効果的に行っていくことが求められている。

 謝辞:検体採取等調査にご協力いただきました医療機関, 保健所等の関係者に深謝致します。

 

参考文献
  1. https://covid19.who.int/
  2. 国立感染症研究所, SARS-CoV-2の変異株B.1.617系統の検出について, 2021年4月26日
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-lab-2/10326-covid19-43.html
  3. Itokawa K, et al., PLoS ONE 15(9): e0239403, 2020

群馬県衛生環境研究所    
 塚越博之 篠田大輔 齋藤麻理子 髙橋裕子 島田 諒
 小川麻由美 井上伸子 塩野雅孝 猿木信裕         
国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター
 黒田 誠 関塚剛史

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