印刷
IASR-logo

埼玉県衛生研究所でのCOVID-19疑い例における病原体検出状況

(IASR Vol. 43 p168-170: 2022年7月号)

 

 臨床的に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が疑われた症例について, real-time RT-PCR検査で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含め, 病原体検索を行ったので結果を報告する。

方 法

 2020年1月~4月6日までに発熱, 呼吸器症状等から臨床医がCOVID-19を疑い病原体サーベイランスとして当所に搬入された522症例678検体(鼻咽頭ぬぐい液, 鼻腔ぬぐい液, 鼻汁, 咽頭ぬぐい液, 気管吸引液, 喀痰)を検査対象とした。なお, 症状は検査票(感染症発生動向調査の別記様式1)に記載されたものから肺炎の有無を判断した。まず, SARS-CoV-2をreal-time RT-PCRで検査し, 陰性であった症例について, FastTrack Diagnostic社のFTD Respiratory21を用いて, マルチプレックスreal-time RT-PCRによりその他の病原体検索を実施した。その他の病原体の検査項目はインフルエンザウイルスA型・B型, パラインフルエンザウイルス(PIV)1-4型, ライノウイルス(HRV), ヒトコロナウイルス(Cor)4種(OC43, NL63, 229E, HKU1), ヒトメタニューモウイルス(hMPV), ヒトボカウイルス(HBoV), RSウイルス(RSVA/B), エンテロウイルス, アデノウイルス(AdV), ヒトパレコウイルス, Mycoplasma pneumoniaeMp), である。

結 果

 522症例のうち, 218症例(41.8%)から病原体が検出された。検出された病原体の内訳は, SARS-CoV-2が101株, hMPVが42株, Corが37株(CorOC43が22株, Cor229Eが9株, CorHKU1が6株), Mpが20株, HRVが10株, RSVが6株, AdVが5株, HBoVが4株, PIV4型が2株であった。このうち9症例で2種類の病原体が重複して検出された。522症例の週別検査数とSARS-CoV-2陽性数および陽性率の推移をに示した。522症例のうち, 20歳未満は7.3%であった。10歳未満と10代でMpを含めた陽性率が高かったが, ウイルスに関しては10歳未満で陽性率が最も高く, かつ多様なウイルスが検出された。SARS-CoV-2は10歳未満と80代以上で一定数の検査が行われていたが陽性率が低く, 50代で最も陽性率が高かった。特に, 10歳未満では, SARS-CoV-2の陽性率7.1%に対し, SARS-CoV-2以外の病原体陽性率は67.9%であった(表1)。522症例のうち肺炎有りが383症例, 肺炎無しが139症例であった。肺炎の有無による病原体の検出状況を比較したところ, 肺炎有りの病原体陽性率は31.9%, 肺炎無しでは69.1%, また, SARS-CoV-2の検出は, 肺炎有りで21株(5.5%), 肺炎無しで80株(57.6%)であり, 肺炎有りではSARS-CoV-2の検出率は低く, 10歳未満では検出されなかった。SARS-CoV-2が検出されなかった421症例では, 肺炎有りの362症例中101症例(27.9%)が病原体陽性となり, hMPV(40株)が最も多く, かつ幅広い年齢層から検出された。一方, 肺炎無しの59症例では16症例(27.1%)が病原体陽性となったが, 目立って検出数が多い病原体は認められず, また, 50代以上でSARS-CoV-2以外の病原体は検出されなかった(表2, 3)。

 なお, 時系列的には, 3月以降, 検査数がおおむね増加する中, SARS-CoV-2の陽性数も陽性率も増加傾向であった()。

考 察

 現状では, 診断名が肺炎や呼吸器ウイルス感染症など感染症発生動向調査の報告対象外疾患については, 全国的に統一されたシステムでのサーベイランスは実施されていない。季節性インフルエンザでは, インフルエンザ様疾患(ILI)も対象となっているが, 当所では, ILIの検体搬入数は非常に少ない。また, 全国でもILI報告1, 2)は限られた自治体からのみであり, インフルエンザやRSウイルス感染症以外の呼吸器ウイルス感染症では原因病原体の流行状況を把握できていない。本報告での病原体検索は, COVID-19発生初期で, 臨床症状からCOVID-19が疑われた県内の症例の大部分の検査が当所で行われていた時期に実施した。そのため, 短期間ではあるが, 呼吸器ウイルスサーベイランスの実施例になったと考えられる。本県の522症例からはSARS-CoV-2以外にもさまざまな病原体が検出された。また今回の調査ではインフルエンザウイルスは検出されなかったが, 病原体サーベイランスとしてインフルエンザの症例は搬入されており, インフルエンザ迅速検査で陽性なものは, 臨床医が除外した可能性は否定できなかった。一方, 秋田県からの検出報告3)では, HRV, Cor, hMPVの順番で検出数が多く, Mpの検出は1件のみであった。本報告とは検出病原体の割合が異なっており, 検出される病原体には地域差がある可能性が示唆された。

 また, 三重県では独自に実施しているILIサーベイランス4)により, SARS-CoV-2他, さまざまな病原体の流行状況を検討, 報告しており, 検査数を考慮した検査陽性率の監視の重要性を指摘している。実際に, 3~4月上旬は, SARS-CoV-2の陽性数, 陽性率の増加傾向を認め, この時期にCOVID-19の発生が増加していたと考えられた。なお, COVID-19が疑われた症例のうち, 肺炎有り(383例)より無しの症例(139例)の方が, SARS-CoV-2の陽性数(各21例, 80例)も陽性率(各5%, 58%)も高く, SARS-CoV-2感染者には軽症な症例も少なくないことが示唆された。また, 当調査では, 一定数の検査が20歳未満の疑い症例に行われており, かつSARS-CoV-2陽性率が低いことが判明し, 当時は20歳以上と比較し, 20歳未満ではCOVID-19が流行していなかったと考えられた。肺炎を含めた呼吸器ウイルス疾患のさまざまな病原体の流行状況を, 成人を含め恒常的に把握するための全国的なサーベイランスシステムが必要であると考えられた。

 

参考文献

埼玉県衛生研究所        
 鈴木典子 江原勇登 大﨑 哲 青沼えり 篠原美千代
 宮下広大 内田和江 福島浩一 岸本 剛 本多麻夫

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan