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B.1.1.529系統(オミクロン株)SARS-CoV-2国内流行初期に都内神社Aにおいて発生したオミクロン株による集団感染事例(2021年12月~2022年1月)

(IASR Vol. 43 p196-198: 2022年8月号)

 
はじめに

 2021年12月, 国内の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新規感染者の届出数は, 前年同時期の約10分の1で推移していたことから〔12月31日時点, 直近7日間の1日当たり平均感染者報告数2021年320人(2020年3,532人)〕, 東京都内にある神社Aでは, 前年に減少した初詣の参拝者が増加することを想定し, 12月初旬より主に巫女業務に従事する臨時勤務者を約100人雇用し, 初詣への準備を進めていた。

 2022年1月1日に神社Aの勤務者から新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性例9例が確認された。1月2日にこのうち1例についてB.1.1.529系統(オミクロン株)の感染が疑われ, オミクロン株による集団感染が疑われた。国内では2021年12月22日にオミクロン株の市中感染例が初めて探知されたばかりであり1), この時点で国内におけるオミクロン株の集団発生事例の報告はほとんど確認されていなかったことから, 1月3日から疫学調査を開始し, 本事例における感染経路と今後の対策を検討した。

方 法

 陽性例の症例定義は「2021年12月14日~2022年1月2日までに神社Aで勤務した者のうち, 抗原検査(定性または定量)またはリアルタイムPCR検査でSARS-CoV-2陽性となった者」とした。情報源として保健所による疫学調査票, 陽性例から聴取した行動歴, 神社Aの勤務記録, また実地視察所見を用いた。また, 神社の常勤職員を「職員」, 臨時勤務者を「助勤」と定義した。

結 果

 最初に発症した3例の発症日である12月28日以降, 1月3日まで1週間にわたり, 合計17例の陽性例(職員11例, 助勤6例)が確認された()。17例の年齢中央値は23歳(四分位範囲21-29歳), 性別は女性が76%(13/17例)であった。2回の新型コロナワクチン接種が未完了の者は29%(5/17例)であった。届出時点での有症状者は88%(15/17例)であり, 1月16日までに重症例は確認されなかった。発症後に勤務した者が35%(6/17例)確認され, 少なくとも29%(5/17例)は発症14日前から発症日までに, 職場以外での感染を受ける機会となり得る会食歴があった。

 神社Aでは12月14日以降, 1日当たり20-30名程度が勤務しており, 互いに面識のない勤務者が, 換気不十分な作業場, 更衣室, 食堂等を複数人で同時に利用していた。各人の活動は時間帯により異なったが, 作業や休憩の実態は記録されていなかった。勤務者の健康観察は体温の計測と記録にとどまり, その他の症状は未確認であった。

 事例発生を受け, 神社Aは1月2日から祈祷を中止し, さらに1月3日からは一般参拝を中止とし, 症例定義の期間中の勤務者には自宅待機を指示した。保健所は勤務者に対し検査の受検機会を提供し, 濃厚接触者に対し施設や自宅での療養を依頼した。接触者に対する検査や自主的な受診を含め, 職員は少なくとも1回の検査を受検したが, 助勤全員の検査実施状況は明らかでなかった。

 1月10日以降, 新規陽性例の発生はなく, 健康観察期間の終了(1月16日)をもって本事例は終息とみなされた。神社A以外に感染拡大した可能性のある症例として, 陽性例の神社A以外の勤務先の同僚1例と, 陽性例の同居家族1例が探知された。

 陽性例17例のうち2例から検出されたウイルス株は, リアルタイムPCRによりL452R変異陰性・E484A変異陽性であったことからオミクロン株が疑われた。残りの15例のうち6例ではウイルス株の全ゲノム解析が実施され, 全例オミクロン株(BA.1)と確定された。さらに詳細に調べてみると, 勤務者5例がほぼ相同な株(BA.1.15)に感染していたことが判明し, 5株のうち3株は同一のゲノム配列で, 他の2株は各々1塩基の変異があった。また, 残り1株(BA.1.1)は他の5株の配列と8-9塩基の変異があった。その他の9例の陽性例についてはリアルタイムPCRや全ゲノム解析が実施できず, オミクロン株の確認はできていない。

考 察

 調査結果より, 本事例はCOVID-19の基本的な感染対策である(1)三密(密集・密閉・密接)の回避, (2)勤務者の健康観察, (3)勤務者のワクチン接種推奨, が平時より十分に実施されていない中で, 初詣の参拝者に備えて助勤を増員したために勤務者間の接触機会が増加し, SARS-CoV-2の感染が拡大した事例と考えられた。また, 全ゲノム解析において2つの異なるゲノム配列を持つオミクロン株が検出されたことより, 少なくとも2回の持ち込みの機会があったと考えられた。

 神社Aにおいて助勤を増員した状況下での三密回避策の検討は十分でなかったことから, 今後の感染予防のために, CO2濃度を参考にした換気の改善, 屋内の食堂・作業場等の同時利用人数の制限等に取り組む必要があると考えられた。

 本事例の陽性例はすべて軽症であり, 軽症例が多いとされるオミクロン株の特性2)を裏付ける所見が得られた。今回, 症状が軽症のために発症後も勤務を継続した陽性例が一定数確認された。感染拡大防止のためにも, 助勤も含め勤務者の健康観察を強化し, 有症状者を早期に探知し, 有症状者の勤務自粛を徹底することが重要と考えられた。

 また, 神社Aでは職員に対し積極的なワクチン接種の勧奨は行っていなかった。オミクロン株にも一定の感染予防効果があるとされる3)ワクチンのブースター接種について, 多数の者の間で接触機会が増す初詣やその準備期間に備えて, 事前に推進すべきであったと考えられた。

 本調査の限界として, 神社A以外の場で感染を受けた陽性例がいる可能性を否定できないこと, 検査機会が得られず探知されなかった陽性例が存在し得ること, 参拝者を含め神社A以外に感染拡大した陽性例の探索は十分でないこと, があげられた。

 神社では季節行事等にともない, 助勤や参拝者が一時的に増加し, 不特定多数の者が集合する機会がしばしば発生する。こうした機会には, 複数の感染経路からウイルスが持ち込まれ, 感染が拡大するリスクが増す。また, 持ち込まれるウイルスは新たな変異株である可能性もある。こうしたリスクを踏まえ, 行事等の前には基本的な感染対策の強化を図り, ウイルスの持ち込みがあった際にも, その後の感染伝播を阻止できる体制の構築を図っておくことが重要である。

 本事例により得られた教訓は, 神社に限らず不特定多数の者が集まる機会に共通して適用できるものである。今後, 社会経済活動の維持のためにも, 自粛されていたさまざまな行事が再開されると予測される。こうした今後の行事における感染拡大を防止するためにも, 本事例の調査から得られた知見が今後の保健所等での現場対応に役立つことを期待したい。

 

参考文献
  1. 厚生労働省, 新型コロナウイルス感染症(変異株)の患者の発生について, 令和3(2021)年12月22日
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23009.html (Accessed on Apr. 26.2022)
  2. 国立感染症研究所, SARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン株)感染による新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査(第4報): 疫学的・臨床的特徴, 2022年2月18日
  3. World HeAlth OrgAnizAtion, COVID-19 Weekly EpidemiologicAl UpdAte Edition 74, 2022

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 実地疫学専門家養成コース(FETP)
  太田雅之 大森 俊 池上千晶 山岸拓也
  島田智恵 砂川富正
千代田区千代田保健所       
東京都福祉保健局感染症対策部   
 杉下由行            
東京都健康安全研究センター微生物部
 貞升健志

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