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新型コロナウイルスオミクロン株流行期における宿泊療養者の唾液検体のゲノム量およびウイルス分離率の解析

(IASR Vol. 43 p265-267: 2022年11月号)
 
はじめに

 富山県では2022年1月より, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と診断され, 宿泊療養施設で療養中の者に対して, 発症後5~6日目に陰性化確認を目的としたreal-time RT-PCR検査を行ってきた。今回, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)オミクロン株流行期のCOVID-19臨床唾液検体において, 発症後5~6日目の検体中のウイルスゲノム量を測定し, 陽性率および検体のthreshold cycle(Ct値)別の割合を算出した。また, 培養細胞を用いてウイルス分離を行い, PCR陽性の唾液検体中の感染性ウイルスの量について検証した。

方 法

 2022年1月1日~3月31日および6月1日~8月23日までの間に, 県内の4つの宿泊療養施設で採取され, 陰性化確認を行うために富山県衛生研究所(当所)でreal-time RT-PCR検査を行った4,059唾液検体を対象に, 時期ごとのSARS-CoV-2 PCR陽性検体の割合と陰性検体の割合を算出した。唾液検体は, 発症後5日目(8月16日~8月23日の期間)もしくは6日目の有症状者の検体が提供された。また, 陽性検体の割合についてはCt値別の割合も算出した。Ct値算出のためのreal-time RT-PCRは, N領域をターゲットとしたプライマー・プローブ(2019-nCoV_N2 F-primer/R-primer/Probe, タカラバイオ)を用いて, RNA精製が不要なSARS-CoV-2遺伝子検出用ダイレクトRT-PCR法1)により行った。解析にはThermo Fisher SCIENTIFIC QuantStudio® 5 real-time PCRシステムを用いた。なお, Ct値40以上の検体を不検出(陰性)として扱った。ウイルス分離にはVeroE6/TMPRSS2細胞を用いて, 既報2)の通りに実施し, 分離率を算出した。本調査は, 富山県厚生部健康対策室の依頼により公衆衛生対応の一環として実施された。

結果および考察

 図1には当所でSARS-CoV-2のゲノム解析を行った検体の採取月ごとの系統別割合を示した。またこの結果から, オミクロン株流行期をBA.1系統が優位に流行した2022年1~3月およびBA.2からBA.5系統への移行期であった2022年6~8月の2期間に分けて, 検体採取月ごとの陰性化確認時のSARS-CoV-2 PCR陰性検体数とその割合, ならびに陽性検体のCt値別の数とその割合を算出し, 図2に示した。初回陰性化確認時のPCR検査陽性検体割合は, BA.1系統優位期が55.1%(2,127検体中1,172検体), BA.2からBA.5系統移行期が66.1%(1,932検体中1,277検体)であった。Ct値が30未満の割合は約10%であった(BA.1系統優位期: 11.2-14.9%, BA2からBA.5系統移行期: 11.0-13.9%)。

 real-time RT-PCR検査におけるCt値の基準は, その検出感度の高さから陽性と判定されても感染性を有するウイルスが存在しているとは限らない。我々は以前の研究において, 通常Ct値30以上の検体ではほぼウイルスが分離されないことを明らかにしている2,3)。そこで, BA.1系統優位期, BA.2からBA.5系統移行期の臨床唾液検体からそれぞれウイルス分離を行い, Ct値30未満および30以上でウイルス分離率を解析した。その結果, Ct値が30以上の検体からのウイルス分離率はBA.1系統優位期で5.0%, BA.2からBA.5系統移行期では0%であった。(図3)。一方, Ct値30未満の検体では, BA.1系統優位期で12.8%, BA.2系統からBA.5系統移行期で8.1%であった。BA.1系統優位期とBA.2からBA.5系統移行期での年齢分布に大きな変動は認められなかった。

 本調査の結果から, BA.1系統優位期, BA.2からBA.5系統移行期において宿泊療養施設入所者の約10%の人がCt値30未満であり, Ct値30未満の陽性者の約10%の唾液検体がウイルス分離陽性であったことから, 宿泊療養者において発症後5~6日目においても感染性のウイルスを排出する人が一定数存在することが推察された。国立感染症研究所および国立国際医療研究センターの解析調査では, 発症後 4日目に採取された唾液検体のウイルス分離率が14.8%であるのに対して, 同時期に採取された鼻咽頭ぬぐい液検体のウイルス分離率は81.5%と高かったことが報告されている4)。また, ブラジルでのオミクロン株(BA.1系統)流行時期の感染例の研究結果では, 発症5日, 7日, 10日目の咽頭・口腔ぬぐい液のウイルス分離率はそれぞれ46%(11/24), 20%(6/30), 0%であった5)。我々もこれまでに, 武漢株, アルファ株, デルタ株の鼻咽頭ぬぐい液検体は, 唾液検体よりもウイルス分離率が高いことを報告している3)。オミクロン株(BA.1系統)においても鼻咽頭ぬぐい液検体は唾液検体より3.9倍ウイルスの分離率が高い所見(矢澤ら, 未発表データ)を考慮すると, 発症後5~6日目時点での宿泊療養者の気道分泌物中の感染性ウイルス排泄率は, 唾液中のそれよりも高いことが想定される。今回の検討およびこれまでの報告を鑑みると, オミクロン株感染者の発症後6~7日目の気道からは一定数, 一定量の感染性ウイルスが排泄されている可能性が示唆される。したがって, 厚生労働省の療養期間の見直しに関する通知でも述べられているように6), 療養期間の解除後10日目まではマスク着用等による感染拡大防止対策を講じることが望ましいと考えられる。ただし, 本調査には以下の制限がある。まず, 宿泊療養施設において患者自身が自己採取した唾液検体を用いたため, 鼻咽頭ぬぐい液との比較検討が実施できなかった。また, 患者のワクチン接種の有無, 接種後の日数の情報は得られていないため, ワクチン接種の影響は考慮できていない。real-time RT-PCR検査に供与された唾液検体の一部(約2.8%)を用いてウイルス分離を行ったため, ウイルス分離に供した検体数は少なかった。今後, こうした制限も考慮したさらなる解析が求められる。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 「感染研・地衛研専用」SARS-CoV-2 遺伝子検出・ウイルス分離マニュアル Ver.1.1, 令和3(2021)年2月8日
  2. Igarashi E, et al., J Infect Chemother 28(2): 347-351, 2022
  3. 矢澤俊輔ら,IASR 43: 20-22, 2022
  4. 国立感染症研究所, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連情報ページ, 2022年3月14日
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/11017-covid19-76.html
  5. Luna-Muschi A, et al., J Infect Dis Sep 22, 2022 (online ahead of print)
  6. 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部, 新型コロナウイルス感染症の患者に対する療養期間等の見直しについて
    https://www.mhlw.go.jp/content/000987473.pdf

富山県衛生研究所ウイルス部          
 嶌田嵩久(国立感染症研究所第23期FETP研修中)
 五十嵐笑子 矢澤俊輔 稲崎倫子 佐賀由美子 板持雅恵 谷 英樹       
富山県衛生研究所               
 大石和徳                  
富山県厚生部健康対策室            
 宮島重憲 守田万寿夫            
協力機関・施設                
 新川厚生センター              
 高岡厚生センター(本所 氷見支所 射水支所) 
 砺波厚生センター(本所 小矢部支所)     
 中部厚生センター              
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