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香川県における新型コロナウイルスに対する小児血清疫学調査(2020~2022年度)

(IASR Vol. 44 p208-210: 2023年12月号)
 
はじめに

小児血清疫学調査は検体採取に困難も多く, 国内のみならず国外においても新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に関する小児抗体保有状況の報告は少ない。今回, 小学4年生対象の生活習慣病予防健診(以下, 健診)が毎年行われている香川県市町のご協力のもと, 2020年度から3年間, 同一地域においてSARS-CoV-2感染診断歴(以下, 診断歴), 新型コロナワクチン(以下, ワクチン)接種歴等とともに抗SARS-CoV-2抗体保有状況の変化を追跡し, 小児における感染拡大状況, 感染およびワクチン接種による抗体獲得状況を検討した。

方 法

2020~2022年度に県内協力市町の小学4年生(9~10歳)で同意を得られた健診受診者を対象に, 健診終了後に保護者による自記式質問票(アンケート)調査を実施し, 健診残余血清がある場合には, 既感染を示す抗SARS-CoV-2ヌクレオカプシド(N)抗体価を測定した(Roche社, ECLIA法)。これに加えて2022年度は, 診断歴有もしくは抗N抗体陽性に基づく感染歴, またはワクチン接種歴があった場合に抗SARS-CoV-2スパイクタンパク(S)抗体価を測定した(Roche社, 二重抗原サンドイッチ法)。抗N, 抗S抗体価は, 各々cutoff index(COI)1以上, 0.8U/mL以上を陽性とした。調査は匿名化し, 国立感染症研究所における人を対象とする生命科学・医学系研究倫理審査委員会の承認(承認番号: 1450)のもと実施した。

結 果

各年度において, 健診は5~12月, 続く質問票調査は7~12月に実施された。対象者数は2020年度から順に3,121人(82.2%), 3,222人(82.5%), 2,804人(75.1%)〔( )内は各年度健診受診者数比〕で, このうち各年度99.5~99.7%から質問票の回答が得られた。男性が50.1~51.6%であった。本人の診断歴有の割合は, 2020年度から順に0%, 0.4%, 41.0%, 家族の診断歴有の割合も同じく0.1%, 1.8%, 51.3%と, 2022年度に大きく増加した(健診後の診断歴も含む, )。なお, 本人の診断歴有の対象者は2021年度では全員に家族の診断歴があったのに対して, 2022年度は15.0%で家族の診断歴がなかった。小児のワクチン接種は2022年2月から開始された。2022年度調査において接種歴有は22.5%, うち2回接種が15.9%, 3回接種は5.6%であった。

抗N抗体保有割合は年度順に0%〔95%信頼区間(95%CI): 0-0.15〕, 0.58%(95%CI: 0.35-0.95), 40.1%(95%CI: 38.2-42.1)と, 2022年度に著増した。

以下, 抗N抗体価と質問票の両方が得られた対象者の結果を示す。

健診前の診断歴有もしくは抗N抗体陽性に基づく感染歴は, 2020年度から順に0%(0/2,481人), 0.58%(15/2,591人), 41.5%(1,022/2,463人)で, 2022年度抗N抗体陽性者の21.2%は健診前診断歴がなかった。さらに健診日以降, 質問票回答時点までの期間の診断歴情報を含めると, 感染歴有の割合は2022年度に少なくとも48.8%に上った。

抗S抗体価測定対象者は1,387人(56.3%)であった。測定対象者の96.8%で抗体陽性が確認された。免疫獲得の機会の違いによって抗体価の分布が異なり, 健診時点で「1回診断歴のあるワクチン未接種者(665人)」, 「感染歴のないワクチン2回接種者(320人)」の抗S抗体幾何平均抗体価(geometric mean titer: GMT)は, それぞれ24.3U/mL(95%CI: 21.2-27.8), 1,399U/mL(95%CI: 1,267-1544.7)であった〔各群の感染または最終接種から健診までの期間の中央値は各々3カ月(四分位範囲1-5), 4カ月(同3-5)〕。また, 「1回診断歴のある2回接種者(101人)」の抗S抗体GMTは10,022.6(95%CI: 8,638.4-11,628.6)であった。なお, 感染歴のあった対象者の多くが2022年1月以降の感染であり, オミクロン感染と推察され, 今回使用した祖先株抗S抗体試薬による測定では, 抗S抗体測定値として低値となることを考慮する必要がある。

考 察

2022年のオミクロン流行期を経て, 小児にSARS-CoV-2感染が大きく拡大していた。同時に感染歴, 接種歴がともに無かった対象者(43.7%)を感受性者と想定すると, 2022年12月までの時点で依然として小児の感受性者が多かった可能性が示唆された。

本検討の制約として, 年度内調査実施期間が複数月(最大5~12月)にわたったこと, 思い出しバイアス等, が挙げられる。一方, 健診受診者の本調査参加割合, 質問票回答割合はともに非常に高く, 地域の小児におけるSARS-CoV-2感染状況を高い精度で捉え得たことは本調査の強みである。

2023年9月5日現在, 小児のワクチン接種率は成人に比べ非常に低い(初回接種完了者割合: 5~11歳24%, 6か月~4歳4%に対して, 65歳以上93%, 20~50代および60~64歳80-92%)1)。その状況下で2023年第32~35週(第35週は5月以降で報告数最多)にかけて, 10歳未満, 10~14歳の新型コロナウイルス感染症の定点当たり報告数は継続して増加していた2)。小児の新型コロナウイルス感染症の多くは軽症であるが, 基礎疾患のない小児においても重症例, 死亡例が報告されていること3), 感受性者がまだ多く残されていることから, 引き続き発生動向の注視, ならびに感染対策が重要と考えられる。

謝辞: 本調査にご協力いただいた香川県研究参加市町の各年度小学4年生ならびに保護者の皆様, 小学校, 医師会の皆様, 香川県小児血清疫学調査チームの皆様, 国立感染症研究所抗体検査チーム関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

本研究は厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業 JPMH20HA2007 の交付を受けて実施した。

 

参考文献
  1. 首相官邸, 新型コロナワクチンについて(2023)
    https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html
  2. 厚生労働省, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生状況等について, 令和5(2023)年9月8日
    https://www.mhlw.go.jp/content/001144212.pdf
  3. 国立感染症研究所実地疫学研究センター・感染症疫学センター, 新型コロナウイルス感染後の20歳未満の死亡例に関する積極的疫学調査(第二報)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2559-cfeir/11727-20.html
国立感染症研究所          
 感染症疫学センター        
  森野紗衣子 高梨さやか 新井 智 鈴木 基            
 感染病理部            
  相内 章 鈴木忠樹       
 治療薬・ワクチン開発研究センター 
  森山彩野 高橋宜聖       
香川県小児血清疫学調査チーム    
 藤川 愛             
神奈川県衛生研究所         
 多屋馨子

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