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航空機内での感染が疑われた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のクラスター事例

(IASR Vol. 41 p187-188: 2020年10月号)

一般的に航空機内における飛沫感染を感染経路とする感染症に対する接触者調査は, 発症者の前後左右2列を対象とするが, 今回その範囲を超える乗客への感染が疫学調査で疑われ, ウイルスゲノム解析でも矛盾しない結果が得られた事例を経験したので報告する。

端 緒

2020年3月26日, 管内の医療機関からCOVID-19確定例(#1)が届けられた。症例は管内在住, 発症日は3月23日であった。3月20日から空路で関西地方へ渡航し, 3月23日に帰宅した。発症前14日間の行動歴は, 沖縄県内および今回の関西地方への旅行で, COVID-19確定例や上気道炎症状のある者との接触歴はなかったが, 感染機会としては沖縄県内または関西地方への旅程が疑われた。

那覇市保健所の対応

#1に対して, 「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要綱(令和2年3月12日版)」に基づき調査した結果, 濃厚接触者を, 同居家族と復路(関西地方A空港から那覇空港へのB便, 飛行時間約2時間)の搭乗者とした。#1の同居家族の1名が26日に熱発しPCR検査を実施したところ, 28日に陽性と判明した。B便の搭乗者(客席数177席, #1を含め乗客乗員計148名)に関しては当初, 前および左右2列を濃厚接触者とし, 27日に航空会社から対象者の氏名と連絡先を入手した。28日に連絡がとれた濃厚接触者3名中2名が発熱を呈していたため, 居住する自治体へ情報提供しPCR検査を依頼した。なお, これらの濃厚接触者によると, #1は機内で激しい咳をしていたがマスクは未着用であった。当該2名が, ともに陽性と判明したため, 4月1日に調査対象を前3列, 後1列, 左右2列へと拡大し13名に連絡をしたところ, 連絡のついた10名中3名が発熱等の症状を訴えていた。その後, うち2名がそれぞれの居住自治体で陽性と診断された。さらに2日には, C県より同県の確定例について, B便を利用し, 3月23~28日の旅程で沖縄を訪問していた旨の情報提供があった。そこで, 国立感染症研究所(感染研)に助言を求め, 接触者調査の対象を左右および後列3列まで拡大した。連絡がついた9名中2名が発熱等の症状を訴えたため, それぞれ居住自治体へ対応を依頼し, いずれも陽性と診断された。さらに, 調査対象外であったが, 対象者の代理として連絡がついたB便搭乗者が発熱しており, 後日PCR検査で陽性と判明した。このため, 再度感染研に助言を求め, 乗員乗客全員へ調査対象を広げた。最終的に調査対象141名のうち122名に連絡がとれ, 沖縄県を含む7府県に居住する計14名の確定例が確認された(図1および図2)。

これら7府県における3月1~23日のCOVID-19発生状況について, 3府県で累計10-30例, 1県で3例, 沖縄県を含む3つの県ではそれぞれの県内での感染が疑われた報告例がなかった1)ことと, 発症の経過から, #1から他の搭乗者への感染が疑われた。疫学調査を補完するため, 感染研・病原体ゲノム解析研究センターにて#1を含む7府県の確定例のウイルスゲノム情報を解析した結果, 13例においてウイルスゲノム配列を確定でき, #1のウイルスゲノム配列と同一もしくは1塩基変異のみ示すことが判明, 同一の配列系統であることがわかり, 機内での感染として矛盾しない結果であった。

考 察

航空機乗客における接触者調査では, 国際的にもいわゆる「2-row rule」が適用されることが多く, 実際にその範囲での感染が確認された事例もある2)。しかし, 本調査では, 前後左右2列を超える座席からも確定例を認めた。今回の調査では, 利用した航空機器材の空調や換気の状況, #1の機内での行動範囲, 搭乗前後の乗客同士の接触歴, が把握できていないが, 確定例の座席の分布から, 飛沫感染およびマイクロ飛沫感染の可能性が疑われた。探知例の症状やマスクの着用状況などを勘案したうえで, 場合によっては搭乗者全員を調査対象とする必要があると思われた。

航空機の搭乗者に対する積極的疫学調査は, 自治体や国をまたぐことになる。調査対象者へ迅速かつ確実に連絡が取ることができるよう, 搭乗者へ従前通りメールアドレスや電話番号の登録を求めることに加えて, 接触者アプリ(COCOA)の利用を勧めることも有用と思われる。また, 公共交通機関の利用時にはマスクを着用すること, 発熱・咳嗽などの症状がある者は公共交通機関の利用を控えることの啓発も引き続き必要である。

謝辞:調査にご協力いただいた各自治体本庁, 保健所, 地方衛生研究所へ深謝いたします。

 

参考文献
  1. JX通信社/FASTALERTによる公表データ
  2. Hoehl S, et al., JAMA Netw Open 3 (8), 2020 doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.18044
 
 
那覇市保健所           
 豊川貴生 速水貴弘 瑞慶山躍司 藤原隆幸 屋宜千明 石底早弥香
 﨑枝 隼 安田弥耶子 中村裕子 国吉真永 東 朝幸 仲宗根 正 
沖縄県地域保健課         
 岡野 祥 久高 潤       
沖縄県衛生環境研究所       
 柿田徹也            
国立感染症研究所感染症疫学センター
 島田智恵            
同病原体センター         
 関塚剛史 黒田 誠

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