国立感染症研究所

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ヘニパウイルス感染症をめぐる近年の状況

(IASR Vol. 44 p23-24: 2023年2月号)

 
はじめに

 ヘニパウイルスは, パラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に分類されるウイルスの総称で, ニパウイルス(Nipah henipavirus: NiV), ヘンドラウイルス(Hendra henipavirus: HeV)などが含まれる。NiV, HeV感染症は, ともに1990年代に出現した新興の人獣共通感染症であり, ヒトでは神経症状・呼吸器症状を主徴とする。致命率が高く, 特異的な治療法やヒト用ワクチンも開発されていないことから, NiV/HeVは国際的にbiosafety level 4(BSL4)病原体として取り扱われている。いずれも日本国内では, ヒト・動物ともに国内感染例・輸入症例の報告はないが, 感染症法により4類感染症に, 家畜伝染病予防法により届出(監視)伝染病に指定されており, 公衆衛生/家畜衛生領域双方で重要な疾病である。本稿では, NiV, HeV感染症をめぐる近年の状況とともに, 最近海外での報告が相次いでいるヘニパ関連ウイルスについて紹介する。

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帰国者における曝露後狂犬病ワクチン接種の状況

(IASR Vol. 44 p24-25: 2023年2月号)

 

 日本は1954年を最後に, 国内動物からヒトへの狂犬病発生報告がない清浄国であるが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが始まったばかりの2020年5月, 14年ぶりに国内で狂犬病輸入症例が報告された。本事例は外国籍の男性で, イヌからの咬傷歴があり, 入国後日本に滞在中に発症した事例で, 一般的に1~3カ月の潜伏期間に比して, 受傷してから発症まで8カ月と, 通常よりも比較的長い潜伏期間を示した1,2)。このような, いわゆる輸入例は, 過去にも3例(1970年にネパールから1例, 2006年にフィリピンから2例)が報告されており, いずれもイヌからの咬傷がその原因であった3,4)

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福岡県におけるレプトスピラ症患者の群発事例について

(IASR Vol. 44 p30-31: 2023年2月号)

 
はじめに

 レプトスピラ症(leptospirosis)は, 病原性レプトスピラによって引き起こされる人獣共通感染症である。病原性レプトスピラは, げっ歯類を中心とした多くの哺乳動物の尿細管に定着し, 尿中へと排出される。ヒトは, この尿との直接的な接触, あるいは尿に汚染された水や土壌との接触により感染し, 時に重症化(ワイル病)する1)。レプトスピラ症は抗菌薬で治療可能だが, 治療の開始が遅れると致命率が上昇するとの報告もあり, 早期の診断と治療開始が重要である2)

 1970年代前半までは年間50名以上の死亡例が報告されていたが, 近年では衛生環境の向上などにより患者数(死亡者数)は著しく減少した3)。一方で, 軽症例・不顕性感染も多く1), 流行地以外では医師の認知度が低い場合もあり, 発生状況が過小評価されている可能性がある。

 今般, 2022年8月に福岡県の河川での曝露が原因と考えられるレプトスピラ症の集団感染が発生し, 積極的疫学調査を実施したので概要を報告する。

方 法

 症例定義は, 2022年8月1日~10月31日までに, 福岡県内の医療機関を受診し, かつレプトスピラ症について, 病原体分離, 血清診断法(顕微鏡下凝集試験: MAT), レプトスピラ遺伝子のPCRによる検出のいずれかにより病原診断のなされたもの〔感染症発生動向調査(NESID)に確定症例として届出のあった症例をすべて含む〕を確定例とした。

 可能性例として, (1)同期間に福岡県内の医療機関を受診, (2)急性発症し, 発熱(≧38℃)かつ筋肉痛, 黄疸等のレプトスピラ症に合致する症状のうち1つ以上の所見を有するもの〔ただし, 基礎疾患(肝硬変, 悪性腫瘍, 慢性腎不全, 血液疾患, 自己免疫疾患など)の経過による病態と考えられる場合, レプトスピラ症以外の感染症(ウイルス性肝炎, 無菌性髄膜炎などが明らかな場合)は除外対象とする〕, (3)発症日前14日以内の, 福岡県内の淡水や動物への曝露歴, のすべてを満たすものとした。

 症例定義に基づき事例を記述的にまとめた。患者, 届出医師等への聞き取り, 推定曝露場所の観察調査を実施した。

結 果

 2022年8月1日~2022年10月31日に計5例(確定例3例, 可能性例2例)が確認された。全例が8月13日に福岡県内の河川への入水(友人グループ7人で川遊びをした)の後2週間以内(潜伏期間は3~14日)に発症しており, 一峰性を示した()。

 全例が男性, 10代後半~20代であった。確定例1例が入院し, 全例で発熱, 悪心・嘔吐, 頭痛, 筋肉痛の症状を認めた。川への入水の際は全員が軽装で, 「飛び込み」, 「頭までの入水」があった。計3例(確定例2例, 可能性例1例)で「川の水を飲みこんだ」, 「手足の受傷」があった。入水時川は増水しており, 茶色く濁っていた, とのことだった。全例, 発病2週間以内の海外, 既知の国内の流行地への訪問, 農業・土木作業などへの従事歴, 8月13日の川遊び以外の淡水でのレジャー歴はなかった。診断・届出した医師はレプトスピラ症患者の診断経験があり, 1例目が受診した際にレプトスピラ症も鑑別診断にあげられたが, 福岡県は流行地との認識はなく, 行政検査の依頼には至らなかった。その後, 複数の有症状者の共通の曝露行動歴が判明したことからレプトスピラ症を強く疑い, 検査, 診断に至った。

考 察

 本事例では, 全例が肌を露出した状況で, 増水し濁った河川で遊泳した後, 潜伏期間以内に発症した。その他の曝露機会も確認されなかったことから, 福岡県内の河川での入水がレプトスピラの曝露機会であると考えられ, 今後も同様の曝露機会で県内の感染例が発生する可能性が懸念された。一方で, 非流行地と認識されている地域で流行地での曝露歴のない症例が診断に至ることは時に難しく, 潜在的な症例が見逃される可能性が示唆された。

 以上より, レプトスピラ症に対する県内の医師の認知度を向上させるための情報共有(発生状況), 発熱, 悪心・嘔吐, 頭痛, 筋肉痛などの症状を呈する患者の鑑別診断にレプトスピラ症があげられるよう, 土壌への曝露や淡水でのレジャー歴等の問診を欠かさないこと, レプトスピラ症を疑った場合は, 検査, 届出を行うこと, 等診断・探知につながる取り組みを推奨していくことが重要であると考えられた。また, 県民や観光客に対して, 台風や大雨などでの増水や川の濁りがある場合は, 入水を避けること, 擦り傷や切り傷がある場合は, 川での遊泳やレジャーを控えること, 河川遊泳時に体に傷をつくらないよう着衣や履物, 特に足部の保護の重要性について, レプトスピラ症の感染予防のため啓発を実施していくことが重要であると考えられた。

 謝辞:ご協力いただいた自治体, 届出医療機関の関係者の皆様に深謝申し上げます。

参考文献
  1. IASR 37: 103-105, 2016
  2. 鈴木 基ら, IASR 37: 110-111, 2016
  3. 国立感染症研究所, レプトスピラ症とは
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/531-leptospirosis.html

医療法人徳洲会福岡徳洲会病院
 児玉亘弘
福岡県保健医療介護部がん感染症疾病対策課
 阿部育夢 西田雅博 松田京子 牟田口 徹
福岡県筑紫保健福祉環境事務所
 金子湊大 野田容美 中村光宏 中原由美
福岡県粕屋保健福祉事務所
 高橋佳子 野田利絵 牧草巳保子 橋本弥生
福岡県保健環境研究所
 片宗千春 重村洋明 江藤良樹 上田紗織 カール由起 芦塚由紀
国立感染症研究所
 実地疫学専門家養成コース(FETP)
  越湖允也 酢谷奈津
 実地疫学研究センター
  福住宗久 砂川富正
 細菌第一部
  小泉信夫 明田幸宏

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コリネバクテリウム・ウルセランス感染症の発生状況について

(IASR Vol. 44 p25-27: 2023年2月号)

 

 コリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerans)感染症は, ジフテリア毒素を産生する, ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の近縁菌であるC. ulceransの感染によって起きる感染症である1,2)。ジフテリア毒素を産生することから, ジフテリアと同様の症状である呼吸困難, 嗄声(させい), 咽頭痛, 咳, 発熱, 上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜等の呼吸器症状や皮膚潰瘍, 皮下潰瘍および所属リンパ節の腫脹や膿瘍を含む非呼吸器症状を示す1)。本稿では, このようなジフテリアと類似の症状を示すコリネバクテリウム・ウルセランス感染症の日本国内での発生状況について概説する。

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国内のネコ・イヌにおける重症熱性血小板減少症候群の発生状況

(IASR Vol. 44 p31-32: 2023年2月号)

 

 重症熱性血小板減少症候群(severe fever with throm­bocytopenia syndrome: SFTS)はDabie bandavirus(SFTS virus: SFTSV)によって引き起こされるダニ媒介性の動物由来感染症である。2017年4月にSFTS発症ネコ, 2017年6月にSFTS発症イヌが確認されて以降, 国内では継続的にネコおよびイヌにおけるSFTSの発生が確認されている。特に日本におけるネコの致命率64.7%, イヌでは26%と非常に高い。さらに, 発症動物からの飼い主あるいは獣医療関係者へのマダニを介さない感染が毎年数例報告されており, 獣医学的, 公衆衛生学的に重要な感染症となっている。本稿では, 国内の8研究機関および広島県獣医師会で検査され, 遺伝子検出および抗体検出で確定診断されたネコおよびイヌのSFTS発生症例の集計を基に, 国内のネコおよびイヌにおけるSFTSの発生状況について概説する。

ネコ・イヌにおける発生状況

 動物病院に来院したネコ・イヌで, 発熱・血小板減少・白血球減少・嘔吐などを呈しSFTSが疑われた症例の検体について, 国内の研究機関および国立感染症研究所獣医科学部で遺伝子検出および抗体検出によりSFTSの実験室診断を実施している。2022年9月までに, ネコ560症例とイヌ36症例がSFTSと確定診断されている()。2017年以降, ネコおよびイヌにおけるSFTSの症例確認数は増加を続けている。ネコでは2019年以降, 毎年100例を超える発症例が確認されているが, イヌではネコに比較して症例数は少ない。

地理的分布

 ヒトのSFTS症例は, 西日本を中心に発生が確認されている一方で, ネコ・イヌでは石川県や静岡県(, 赤色の府県は本研究で確認されたネコ・イヌでの発生地域)でも症例が確認されている。さらに, 富山県では2022年9月時点では患者の届出はないが, イヌのSFTS症例が報告されている1)。遡り調査で千葉県でのヒトのSFTS症例が確認されている2)。千葉県のイヌ・シカ・イノシシ, 富山県のイノシシにおいてSFTSVの中和抗体保有が確認されていることから, 東日本・北陸においてもSFTS発生のリスクが上昇している。

月別の発生数

 ネコにおいては1年を通してSFTSの発生が確認されている。特に2月から発生数が上昇し, 3~5月に発生数がピークを迎える。ヒトの症例と比較してネコの症例数の上昇が始まる時期は早いが, これは自然界における野生動物とマダニの間でのSFTSVの流行をネコがより早く検出できることを意味している。

ネコ・イヌにおける徴候および検査所見

 特にネコにおいては松鵜らの報告3)に加えて, 感染実験についての報告4)も存在し, 徐々にその徴候について明らかになってきている。ネコ・イヌのいずれについても, 主な徴候および検査所見として元気・食欲消失, 発熱, 白血球数減少, 血小板数減少, が認められている。それらに加えて, ネコでは嘔吐および黄疸, 総ビリルビンと血清アミロイドAの上昇が, イヌではCRPの上昇が高率に認められている。イヌに関しては, 症例数が少なく抗体保有動物も多いことから, 不顕性感染が多いと考えられる。また, ネコでは妊娠ネコがSFTSVに感染し, 流産した症例が確認されている。富山県のイヌの症例では, 発症から実に2カ月以上の長期間, 尿中にウイルスが検出され, 持続感染が示された1)

発症動物からヒトへの感染

 2022年7月31日時点で, 発症動物から獣医療従事者への感染が10例確認されている5)。それ以外にも, 我々の独自の集計では, 発症動物から飼い主への直接感染が9例以上確認されている。飼い主の安全に加えて, 獣医療従事者の職業上の安全を確保するためにも, 発症動物からの感染防御法に加えて, 発症動物の迅速な診断法, 効果的な予防・治療法の開発が求められている。

おわりに

 SFTSの国内における発生地域は拡大している傾向がある。ヒトの患者数よりも動物の患畜数が多いことから, 富山県のように動物での診断を確実にすることにより, ヒトへの感染リスクを知ることができる。流行地では飼育動物へのマダニ対策, 衰弱した動物への接触回避, 獣医師の個人感染防護具の適切な装着, などの感染防御対策をすることが必要である。また, 未発生地でも近隣の都道府県で発生があった場合は, リスクが高まったと考えて関係者への注意喚起が必要である。

 

参考文献
  1. 佐賀由美子ら, IASR 43: 218-219, 2022
  2. 平良雅克ら, IASR 42: 150-152, 2021
  3. Matsuu A, et al., Vet Microbiol 236: 108346, 2019
  4. Park E, et al., Sci Rep 9(1): 11990, 2019
  5. https://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/3143-sfts.html

国立感染症研究所獣医科学部
 石嶋慧多 平良雅克 松鵜 彩 朴 ウンシル
 立本完吾 木村昌伸 藤田 修 前田 健
岡山理科大学獣医学部
 森川 茂
宮崎大学農学部
 岡林環樹
山口大学共同獣医学部
 早坂大輔
長崎大学熱帯医学研究所
 井上真吾 高松由基
東京大学
 桃井康行
東京農工大学
 水谷哲也
北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所
 松野啓太
広島県獣医師会
 山岡弘二

 

更新  2023.2.28 第7週(2/13~2/19)データを掲載しました。

※次回の第8週の更新は3月7日(火)です。

※2015年からはCSVデータのみの更新となります。

2015年からのIDWRの変更についてはこちら から。


*データは報告数集計の速報値として公開するものであり、後日感染症発生動向調査 週報 、さらには確定データとしての年報において修正される場合があります。また発生動向に関するコメント、その他詳細についても週報をご参照ください。

 

■全数把握疾患、報告数、累積報告数、都道府県別

一~五類感染症の全数把握疾患についての各週の報告数、および当年第1週からの累積報告数です。
※累積報告数は再集計されています。
新型コロナウイルス感染症に関する情報は、感染症発生動向調査システム(NESID)に対する届出情報のみです。新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)のみへの届出情報については含まれない点で注意が必要です。

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第7週

■定点把握疾患(週報告)、報告数、定点当たり報告数、都道府県別
五類感染症のうち週単位で報告される定点把握疾患の報告数、および定点当たり報告数です。
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第7週

■定点把握疾患(週報告)、累積報告数、定点当たり累積報告数、都道府県別
五類感染症のうち週単位で報告される定点把握疾患の、当年第1週からの累積報告数、および定点当たり報告数です。
※累積報告数は再集計されています。
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第7週

■疾病毎定点当たり報告数 ~過去10年間との比較~
五類感染症のうち週単位で報告される定点把握疾患の過去10年間の定点当たり報告数です。
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第7週

■定点把握疾患(週報告)、(1週から当該週まで)報告数・定点当り報告数
五類感染症のうち週単位で報告される定点把握疾患の、当年1週から当該週までの各週の報告数、および定点当たり報告数です。
※報告数・累積報告数は再集計されています。
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第7週

■動物疾患、報告数、累積報告数、都道府県別
獣医師が届出を行う感染症と対象動物についての各週の報告数、および当年第1週からの累積報告数です。
※累積報告数は再集計されています。
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第7週

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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