IASR Vol. 45, No.1
(No. 527) January 2024
肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae: M. pneumoniae)の培養は時間を要し, 操作も煩雑なことから検査を実施している施設は少ない。神奈川県衛生研究所(以下, 当所)では, これまで分離培養および菌株収集を行ってきた。今回, 一例として当所で実施している検査法を紹介する。各検査法の詳細は国立感染症研究所のウェブページに掲載の「肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)検査マニュアル1)」(以下, 感染研マニュアル)およびその他の参考文献を参照されたい。なお, 当所で使用している培地の組成については, 岡崎らの方法に準拠しており, 下表に示した2)。
肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae: M. pneumoniae)は, 種内でゲノム全体の構成と配列がよく保存されており, 分離株ごとの違いは少ない。しかし, p1遺伝子型分析, MLST(multi-locus sequence typing), MLVA(multiple-locus variable-number tandem repeat analysis), SNP(single nucleotide polymorphism)分析, ゲノム解析などの方法で分離株の型別と分類が行われている1-6)。
これまで国内のマイコプラズマ肺炎の疫学調査は多数あるが, 古くは1960~1970年代に仙台市で行われた大規模な調査がある1)。この調査では1964, 1968, 1972, 1976年の4年間隔でマイコプラズマ肺炎の流行が報告されており, オリンピックの開催年と重なっていたため, 日本でマイコプラズマ肺炎がオリンピック病と呼ばれるきっかけにもなった。マイコプラズマ肺炎が3~7年程度の間隔で大きな流行を起こすことは, 諸外国の疫学調査でも多数報告されており2), 数年ごとの大きな流行は, この感染症の特徴の1つだと考えられる。その理由は明確ではないが, おそらくは, 病原体のMycoplasma pneumoniae(M. pneumoniae)とヒトの集団免疫との相互作用にあると思われる。一度マイコプラズマ肺炎の大きな流行が起これば, 不顕性感染も含め感染者が増加し, ヒトの集団の中には防御免疫を持つ者が増える。しかし, これはそれほど長く続かず, 数年たてば防御免疫が低下するとともに, ヒトの集団の中に防御免疫を持たない若年層が育ってくる。このような状況でM. pneumoniaeは活動しやすくなり, 次の流行を起こすのであろう。
Mycoplasmoides pneumoniae(Mycoplasma pneumoniae: M. pneumoniae)は肺炎マイコプラズマと呼ばれ, マイコプラズマ肺炎の起因菌である。M. pneumoniaeは飛沫感染により体内に侵入すると, 呼吸器の上皮細胞表面で増殖し, 上皮細胞の破壊・炎症を誘導する。マイコプラズマは他の病原性細菌と異なり, 外毒素やプロテアーゼなどの酵素の産生に乏しく, 病原性因子については不明な点も多かったが, 近年解析が進んできている。以下, M. pneumoniaeの病原性因子について解説する(図1)。
第2次世界大戦の頃, 軍隊を中心に市中で高熱と持続する咳嗽を主症状とする謎の肺炎が流行した。当時はMycoplasma pneumoniae(M. pneumoniae)の培養方法が確立されておらず, 謎のウイルス肺炎とされていた。M. pneumoniaeは細菌の濾過フィルターであるSeitz filterをすり抜けてしまうほど小さかったことは知る由もないためである。