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感染症発生動向調査からみた腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群、2012年

(IASR Vol. 34 p. 140-141: 2013年5月号)

 

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は、腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症に引き続いて発症することが多く、重篤な場合死に至ることもある。国立感染症研究所感染症疫学センターでは、感染症発生動向調査におけるEHEC感染症発生届に、HUSの発症が報告された症例(以下HUS 発症例)について、地方感染症情報センターや各自治体感染症情報担当者、および診断した臨床医に対して、推定される感染原因や患者の臨床症状・治療・転帰等に関する詳細な情報収集について協力を依頼しており、その結果を毎年本誌で報告している(IASR 30: 122-123, 2009, 31: 170-172, 2010, 32: 141-143, 2011, 33: 128-130, 2012)。今回、2012年のHUS発症例に関してまとめを報告する。

HUS発生状況
感染症発生動向調査に基づくEHEC感染症は、2012年(診断週が2012年第1~52週)は 3,766例(うち有症状者 2,362例:63%)の報告(2013年4月10日現在)があり、そのうちHUSの記載があったものは94例(有症状者のうち 4.0%)であった。性別は男性39例、女性55例で女性が多かった(1: 1.4)。年齢は中央値が5歳(範囲:1~89歳)で、年齢群別では0~4歳が36例(HUS発症例全体の38%)で最も多く、次いで5~9歳25例(同27%)、65歳以上16例(同17%)の順であった。有症状者のHUS発症率は、5~9歳が8.4%で最も高く、次いで0~4歳が6.7%、65歳以上が5.2%の順であり、65歳以上の発症率は2006年以降で最も高かった()。

EHEC診断方法と分離菌およびO抗原凝集抗体
診断方法は、菌の分離が70例(74%)、患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが19例(20%)、便からのVero毒素検出のみが5例(5%)であった()。 

菌が分離された70例の血清群と毒素型をみると、血清群はO157が全体の83%を占め、毒素型だけでみると、VT2を含んだ菌株が計66例で、全体の94%を占めた。また、患者血清のみで診断された19例の陽性となったO抗原凝集抗体は、すべてO157であった。

感染原因・感染経路
確定または推定として報告されている感染原因・感染経路は、経口感染が49例(52%)、接触感染が5例(5%)、「記載なし」または「不明」の報告が40例(43%)であった。経口感染と報告された49例中15例に肉類の喫食が記載され、うち生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)の記載は2例(生せんまい1、馬刺し1)のみであった。生肉の喫食があった2例の年齢は、15~64歳が1例、65歳以上が1例で、15歳未満の小児はいなかった。

臨床経過(症状・合併症・治療・転帰)
保健所への届出時に選択された臨床症状については、昨年までと同様に血便、腹痛の出現率が高く報告されていた(血便85%、腹痛71%)。

一方、臨床医への問い合わせにより詳細な情報を収集できた55例(回収率:55/94=59%)の症状は、HUSの3主徴である急性貧血55例(100%)、血小板減少(10万/μl未満)55例(100%)、血清クレアチニン値上昇41例(75%)はいずれも高く、他は多い順に蛋白尿50例(91%)、血性下痢48例(87%)、血尿47例(85%)、下痢(血性でない1日3回以上の軟便または泥状便または水様便)46例(84%)であった。また、HUSの合併症としては34例(62%)に報告があり、多い順に発熱(38℃以上)26例(76%)、意識障害12例(35%)、高血圧8例(24%)、痙攣8例(24%)、脳症5例(15%)などが報告された。

治療に関しては、55例中50例(91%)で経過中に何らかの抗菌薬が使用されており、5例(9%)では全く抗菌薬が使用されていなかった。種類別にみると、ホスホマイシンが33例(60%)で最も多く使用されていた。また透析は、23例(42%)で実施されていた。

保健所への届出から1カ月以上経過した時点で確認した転帰・予後は、54例(回収率:54/94=57%)から回答が得られ、軽快・治癒39例(72%)、通院治療中7例(13%)、入院中4例(7%)、不明3例(6%)で、死亡が1例(2%)報告された。なお、HUS発症例全体で死亡が確認された症例は、問い合わせで回答のあった1例を含めて合計3例(致命率 3.2%)であり、年齢内訳は4歳1例、65歳以上2例であった。 

考 察
過去6年間(2006~2011年)と比較すると、2012年のHUS発症例および発症率はいずれもこれまでの報告と大きな違いはなかった。年齢群別では、0~4歳が最も多く、全体の7割近くを15歳未満の小児が占めており、2011年を除いて、従来どおり低年齢の小児に多いという傾向であった。しかし、65歳以上の報告数16例は過去最多であり、かつ発症率 5.2%も過去最高であった。これは、8月に北海道で発生した「白菜きりづけ」を原因食品とする大規模食中毒において、高齢者関連施設での患者発生が中心であったことから、この食中毒に関連した65歳以上のHUS 発症例が5例(うち1例は死亡)報告され、報告数と発症率の増加に影響している可能性が考えられた。

推定(または確定)感染原因・感染経路として、例年ユッケや牛生レバーを中心とする「生肉の喫食」が10数例程度にみられていたが、2012年は2例とごく少数となり、ユッケや牛生レバーの記載はみられなかった。これは、2011年の焼肉チェーン店における食中毒事例を契機として、厚生労働省がおこなった生食用食肉規格基準設定(2011年10月)、生食用牛レバー提供禁止(2012年7月)の施策が寄与したとものと推測された。

今回の調査にあたり、症例届出や問合せにご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所、届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。

 

国立感染症研究所感染症疫学センター
 (担当:齊藤剛仁 八幡裕一郎 多田有希 柳楽真佐実 砂川富正 大石和徳)  

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