国立感染症研究所

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浜松市内におけるノロウイルス集団食中毒事例

(IASR Vol. 35 p. 164-165: 2014年7月号)

はじめに
2014年1月15日、浜松市内の小学校等において摂取者数8,027名、患者数1,271名の大規模食中毒が発生した。原因食品は、14日に学校給食で提供された食パンと断定され、病因物質としてノロウイルスGIIが検出された。

本事例は、浜松市内では患者数が過去最多、静岡県内でも過去3番目に多い事例であり、従事者の不顕性感染や学校給食の安全確保の問題等、示唆に富む事例であったためここに報告する。

患者の発生状況
1月16日午前8時40分頃、A小学校の学校医から保健所に、「嘔吐、下痢等の症状を訴える児童が多いように見受けられる」との連絡が入り、その後教育委員会から、A小学校以外からも同様の報告が入っているとの連絡があった。

当初、感染症の疑いもあることから、感染症担当部門と合同の調査チームを編成し、患者調査を行った。集団欠席が報告された学校は、市内で地域的な偏りはみられたが、中学校や高等学校における大規模欠席の報告は無かった。また、体調不良による欠席者は1月16日に突然多数発生していることから、児童に対して病因物質が単一のタイミングで曝露されたことが示唆された。調査したところ、これらの学校すべてが一堂に会する共通のイベント等は無かったため、感染症の可能性は低く、集団食中毒の疑いが強いと考えられた。

原因確定後の患者全体調査の結果、19の学校で計1,768名の体調不良者が発生しており、症例定義によりインフルエンザや二次感染等の患者を除いたところ、摂食者数8,027名、患者数1,271名となった(発病率15.8%)。主な症状は嘔吐(79%)、発熱(67%)、下痢(50%)であった。

原因食品の調査
患者便の検査の結果、複数の患者からノロウイルスが検出され、潜伏期間から14日に学校の給食で提供された食事が原因と疑われた。

学校給食における調理状況等の調査を行ったところ、患者が発生している学校の給食調理はすべて自校方式であり、加熱を要する食品については各学校の調理室でノロウイルスを失活させるのに十分な加熱がされていたことが確認できた。そのため、加熱が行われなかった食品が本事件の原因食品である可能性が高いと考えられ、「食パン」、「牛乳」、「黒豆きなこクリーム」が該当した。食パンは体調不良者が多数発生している学校すべてにおいて同一の業者が製造したものが提供されており、食パンと同一の業者が製造したコッペパンや、他の業者が製造したパンが納品された学校では体調不良者が発生していないことが判明した。また、牛乳や黒豆きなこクリームは広域流通品であるが、浜松市以外では有症者は報告されていなかった。

以上のことから、本事件の原因食品は、1月13日に製造され、14日に提供された食パンと断定した。

原因施設および従事者の調査
食パンを焼成する際の温度条件は200℃、50分であることから、食品汚染の原因は焼成以降の工程と考えられた。

当該施設では、スライス作業後食パン1枚1枚を手に取り、異物混入を確認する検品作業を行っていた。この入念な検品作業により、食パンに触れる機会が増え、大量の食品が汚染されてしまったと考えられた。

従事者の手洗いについては、製造室前の手洗いの水流が少なく、トイレの手洗いはセンサー式ではあるが、寒い時期にもかかわらず冷水しか出ないため、手洗いが不十分だった可能性がある。

従事者は帽子、マスク、作業着(上下)、使い捨て手袋を着用して作業に従事していたが、手袋の着用や交換に関する明確なマニュアルは整備されていなかった。

トイレ入室時は専用の履物に交換しており、作業着(上)は脱いで入室しているが、作業着(下)の交換はなかった。作業着については、各自が家庭に持ち帰って洗濯していたため、頻度の点から十分に洗浄されていない可能性や、家庭からのウイルス持ち込みの可能性があった。

従事者の健康チェックは、毎日入室時に自己申告方式で実施しており、当該食パン製造日(1月13日)の従事者に体調不良者はいなかった。また、従事者検便も年2回(学校給食関係の業務を行う従事者は毎月)実施されていた。

その他、井水の水質検査、残留塩素濃度、鼠族・昆虫の防除、施設・設備の清掃等に問題は認められなかった。

検査結果
ノロウイルス検査により、以下の結果が得られた。

1)患者便:139名中121名からノロウイルスGIIを検出。

2)食パン製造所従事者便:23名中4名からノロウイルスGIIを検出。

3)学校給食調理従事者便(給食を喫食している):70名中8名からノロウイルスGIIを検出。

4)食パン製造所従事者の作業服(上下のうち上のみ)のふきとり検査:3検体中1検体(便から検出された1名の服)からノロウイルスGIIを検出。

5)学校給食にて保存されていた検食:19校154検体中2検体(食パン)からノロウイルスGII、1検体(食パン)からノロウイルスGIを検出。

6)食パン製造所のふきとり検査:10検体中1検体(女子トイレのスリッパ)からノロウイルスGIIを検出。

7)学校給食調理室のふきとり検査:36検体中1検体(移動式作業台)からノロウイルスGIを検出。

ノロウイルスGIIが検出された患者便13検体、食パン製造所従事者の便3検体、学校給食調理従事者の便7検体、検食2検体、食パン製造所ふきとり1検体について遺伝子型別検査を実施した結果、すべてGII/4であった。

食パン2検体から検出されたノロウイルスGIIのウイルス量は、それぞれ2,400、3,333 copy/gであった。

患者等の便および食品からノロウイルスGIIが検出され、患者の症状、潜伏時間等もノロウイルスの性状と一致したことから、病因物質はノロウイルスGIIであると断定した。なお、検食やふきとりからノロウイルスGIが検出されたが、患者等からは検出されておらず、本事件との因果関係は無いと思われる。

考 察
疫学調査および微生物学的検査の結果から、食パンが食中毒の原因食品であると断定し、食パンを製造した菓子製造業者に対して1月17日に営業禁止処分を行った。その後、施設に対して清掃および消毒、従事者の衛生教育、体調不良者のチェック方法の改善、作業着の衛生確保、手袋交換のマニュアル作成等の指導を行い、改善が確認されたため1月24日営業禁止を解除した。

当該施設については、検便、毎日の健康チェック、専用の作業着や使い捨て手袋の使用といった基本的な衛生対策はとられていた。しかし、不十分な手洗いによる手袋の汚染、手袋交換の頻度が少なかったことによる汚染の拡大、作業着が不衛生であったことによる汚染等により食中毒が発生したと推測された。衛生対策は講じるだけでは不十分であり、いかに全従事者に対して有効に実施させるかが重要であると思われた。今回、製造時に従事者の中で体調不良者がいなかったことから、不顕性感染については特に注意が必要であり、常に従事者に不顕性感染者がいることを前提とした食中毒防止対策を徹底していくことが重要であろう。

 
浜松市保健所生活衛生課 
  古田敏彦 大田邦生 寺田善直

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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