プラスミド水平伝達が関与した院内感染事例
(IASR Vol. 35 p. 289- 290: 2014年12月号)
2013年5月、当院集中治療室(ICU)入院患者Aの尿検体から、イミペネム耐性のEnterobacter aerogenes が分離された。本菌株に対して、メルカプト酢酸ナトリム(SMA)ディスク法によるメタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)産生のスクリーニング検査を実施したところ陽性であった。患者Aの入院期間は1年4カ月で、その期間中にMBL産生菌が検出されたことはなかったことから、院内でMBL産生菌を獲得した可能性が示唆された。
さらに、患者AからのMBL産生菌の分離確認後直ちに関連病棟で保菌調査を実施したところ、スクリーニング陽性菌5株が、34名中4名の患者から検出された。5株は複数菌種にわたり、かつ患者Aから分離された菌種とも異なる菌種であったが、国内で分離されるEscherichia coli やKlebsiella pneumoniae のイミペネム耐性率1)は、それぞれ0.1%、0.2%と極めて低いことを考慮し、本事例は院内感染であると判断した。感染対策室と細菌室を中心に事例の収束に向けて感染対策を行ったため、その経緯と結果を報告する。
1. 保菌患者調査
2013年6月~2014年1月の間、関連病棟で保菌患者の調査を実施した。保菌調査でスクリーニング陽性菌と判定された菌株は、IMP-1型、IMP-2型、VIM-2型、およびNDM型についてPCR法による遺伝子解析を実施した。MBL遺伝子が検出された株をMPE(metallo-β-lactamase producing Enterobacteriaceae)と定義した。期間中、289名を対象に保菌調査が実施され、患者Aを含めて15名の患者(患者A~O)から23株のMPEを検出した。菌種は5属7種にわたっていた。菌種と株数の内訳を表に示す。
2.環境調査
保菌患者の入院病室の高頻度接触部分や処置に関連する水回り環境について、環境培養を実施した。4回にわたり延べ57カ所から採取した結果、注入器具洗浄ブラシ検体からのみスクリーニング陽性菌が2株分離された。菌種は、Serratia marcescens とKluyvera intermedia であった。
3.分離菌株の遺伝子解析
PCR法により患者由来23株と環境由来2株からIMP-1型MBL遺伝子が検出された。また、パルスフィールド・ゲル電気泳動法(PFGE)によるタイピング解析に基づいて菌株の同一性を検討した。S. marcescens は、異なる4名の患者由来株と環境由来株は同一バンドパターンを示した。しかし、S. marcescens 以外は同一菌種であっても、バンドパターンは異なっていた。
さらに、患者A~Fの6名から検出された9株について、次世代シークエンサーを用いたプラスミドの全塩基配列解析によりMBL遺伝子を保有するプラスミドの同一性を検討した。IMP-1型MBL遺伝子を保有するプラスミドは、すべてInc L/M に属していた。さらに、患者B,C,D,E,F分離株のInc L/Mプラスミド配列は、全長にわたって一致していた。患者Aから分離された3株のInc L/Mプラスミドは、ヒ素耐性遺伝子群が挿入されていたが、それ以外は患者B~F分離株のInc L/Mプラスミド配列に一致していた。プラスミド上のMBL遺伝子は、blaIMP-1の遺伝子配列と100%一致していた。遺伝子解析の結果から、本事例は、同一のプラスミドが複数の菌種に水平伝達したことによる院内感染であることが明らかとなった。
4.感染防止対策
標準予防策、接触感染対策の強化とともに環境整備を徹底した。環境培養の結果を受けて、注入器具洗浄ブラシの使用を取りやめ、注入器具をディスポーザブル化した。以後、継続的な新規MBL産生菌陽性者の検出は認めなくなった。
5.考 察
薬剤耐性遺伝子がプラスミドによって媒介されるMBL産生菌の場合には、短期間に同一病棟での検出であれば、たとえ複数菌種の検出でも院内伝播を疑うことが重要であると思われる。患者A検出時に、関連病棟入院患者の保菌調査に踏み切ったことが、院内伝播の全容を明らかにするとともに院内感染の終息に繋がった事例であった。
福岡市立こども病院 安部朋子 永田由美 青木知信
国立感染症研究所細菌第二部 松井真理 鈴木里和 柴山恵吾
国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター 関塚剛史 山下明史 黒田 誠