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WHOによるMERSに関する国際保健規則の緊急委員会声明の第1回から第10回までの変遷

(IASR Vol. 36 p. 246-247: 2015年12月号)

I.背景と概要:国際保健規則(IHR)緊急委員会
世界規模での感染症対策に関わる規範として、IHR(2005)が2005年に世界保健機関(WHO)加盟国により採択された。IHRに基づく対応として、国際的な公衆衛生上の脅威となりうるあらゆる事象がWHOへの報告対象となり、これらの事象の国際的な伝播を最大限防止するようWHOが自身やその加盟国に働きかける。

IHR緊急委員会は、報告された事象が「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」に該当するかを検討し、その事象に関して加盟国が実施すべき暫定的勧告を決定する委員会である。疾病管理やウイルス学、ワクチン開発、感染症疫学などの専門家等で構成されており、WHO事務局長に対して提言する。この提言に基づき、 委員会の開催後には、暫定的勧告を含む緊急委員会声明が公開される。

中東呼吸器症候群(MERS)に関しても、2012年6月の報告以降、 PHEICとなりうる事象として定期的にWHOに報告されていた。このため、2013年7月にWHO事務局長は緊急委員会を召集し、専門家の意見を求めた。

II.MERSに関するIHR緊急委員会声明の第1回から第10回までの総括
MERSに関するIHR緊急委員会は、2015年10月までに計10回召集されてきた。その10回すべてでPHEICに該当しないとの声明が出されている。また、渡航や貿易の制限、入国時の別途審査に関しても、現時点では必要ないとされている。

第1回の声明時にはMERSに関する知見が乏しく、勧告が含まれたのは第2回からであった。新たなアウトブレイクが各国で発生し、知見が集積する中で、声明で示される勧告も徐々に具体的なものとなった。さらに、2014年4月に中東や他の地域で症例が急増した際には、WHOとその加盟国に対する勧告レベルを第4回までの「考慮するよう提言する」から、第5回の「直ちに対応するように強く促す」に引き上げた。また、第9回緊急委員会は、韓国でのアウトブレイクに焦点を当てた異例なものであった。

III.MERSに関するIHR緊急委員会声明における勧告の分野別変遷
10回の委員会声明の変遷を、暫定的勧告を中心に5つの主な分野について振り返った()。

1.感染予防・感染制御策(IPC)
勧告初回の第2回から、MERS 対策における感染予防・感染制御策の重要性は言及されていた。それ以降、主に(1)国家レベルでの対策、(2)IPCの破綻に関する調査、(3)医療体制の整っていない国へのIPC教育・導入支援、という3事項に関する勧告がなされた。

2.サーベイランス・検査診断・接触者追跡
サーベイランス、検査と接触者追跡の改善に関しては、第2回で大まかに言及されていた。10回を通して(1)メッカへの巡礼者におけるサーベイランス、(2)検査診断の改善、(3)症例・接触者の早期同定・適切な管理、(4)医療体制の整っていない国でのサーベイランス支援、(5)ラクダの疫学的サーベイランス、(6)情報の迅速・適時共有、という6項目に主眼が置かれていた。特に、第10回においては、無症候の検査陽性症例の報告が必要であるが、十分になされていないと指摘した。

3.リスクコミュニケーション
リスクコミュニケーションの重要性も早期から強調され、(1)一般大衆、医療専門家、高リスク群の人々、政策決定者におけるMERSに関する認識の向上、(2)メッカの巡礼者に対する特化したリスクコミュニケーション、という2項目について言及された。

4.調査・研究指針
研究指針に関しては、(1)疫学研究、(2)臨床研究、(3)宿主動物に関する研究、という3本柱は変わらないが、勧告を重ねるごとにより具体的に必要とされる研究テーマが示されるようになった。特筆すべきは、第10回で「人や動物に対するワクチンや治療法の開発」という勧告が加わったことである。

5.保健以外の部門との連携
ラクダにおけるウイルスの存在が示されたため、第5回で初めて、保健以外の部門との連携と情報共有の強化が求められた。さらに回を重ねると、連携活動強化という具体的なアクションが求められるようになり、国家公衆衛生、動物および農業を中心に様々な行政当局にMERSの公衆衛生上のリスクの継続性と重大性を警鐘すべきとした上で、これら当局の担当部門が協力体制を向上させることを求めた。そのためにも、国家的なリーダーシップが、柔軟、効率的かつ強調性の取れた政府全体での対応のために重要であると強調した。

 

参考文献
    IHR Emergency Committee concerning Middle East respiratory syndrome coronavirus, WHO
    http://www.who.int/ihr/ihr_ec_2013/en/


国立感染症研究所
  感染症疫学センター 新城雄士 有馬雄三
  実地疫学専門家養成コース 渡邊愛可

 

 

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