海外渡航に関連したレプトスピラ症について
(IASR Vol. 37 p. 109-110: 2016年6月号)
症 例
1)過去に三日熱マラリアの既往のある40代の男性が発熱を主訴に救急外来を受診した。受診前日より39℃台の発熱, 頭痛, 関節痛が出現し自宅で様子を見ていたが, 倦怠感が増強したため救急車を要請した。来院の10~18日前までインドネシアに渡航し, 主にムアララボという地域で希少植物を採取していたという。なお, 植物採取の際には河川に浸かることもあったという。渡航前にトラベルクリニックでの予防相談は受けていなかった。
来院時のバイタルサインは体温36.7℃, 血圧 158/ 110mmHg, 脈拍105/分, SpO2 100%(室内気)であり, 眼球結膜充血(図)を認める以外は身体所見に異常を認めなかった。血液検査では白血球の上昇(10,440/μL), トランスアミラーゼの上昇(AST 103 IU/L, ALT 93 IU/L)を認め, 尿検査では膿尿, 蛋白尿がみられた。ビリルビンの上昇や腎機能障害の所見はみられなかった。マラリアを疑い末梢血ギムザ染色を施行したが, マラリア原虫は陰性であり, また, 腸チフスが疑われ採取した血液培養も陰性であった。海外渡航中に淡水曝露歴があることからレプトスピラ症を疑い, 国立感染症研究所に患者の血清および尿を提出した。来院後, 発熱がみられなくなったため抗菌薬は投与せず経過を見ていたが, 第4病日より再び39℃台の発熱がみられたため, ドキシサイクリン100 mg 1日2回の投与を開始した。第6病日に血清および尿のPCR検査でレプトスピラ遺伝子が検出され, レプトスピラ症と診断した。また, 後日採取したペア血清において, 顕微鏡下凝集試験法(MAT)による抗体検査で血清型Hebdomadisに対して4倍以上の抗体価上昇が認められた。患者はドキシサイクリンの内服開始後速やかに解熱し, 第7病日に退院となった。ドキシサイクリンは計7日間の投与を行った。
レプトスピラ症は病原性レプトスピラによる人獣共通感染症である。病原性レプトスピラはげっ歯類などの動物の尿中に排泄され, 人はこのレプトスピラに汚染された水から経皮的または経粘膜的に感染する。
2007~2015年の9年間で海外からの輸入レプトスピラ症は26例報告されている。東南アジアでの感染が21例で, タイ, インドネシア, マレーシア(ボルネオ島)での感染が多く報告されている。世界的にもこの傾向は同様であり, 全世界のトラベルクリニックのサーベイランスであるGeoSentinelによると, 旅行者のレプトスピラ症感染者が多かった渡航地は, タイ, ラオスと東南アジアが上位を占めている2)。
前述のとおりレプトスピラ症はげっ歯類動物の尿に汚染した水に曝露することによって感染する。日本国内の都市部におけるレプトスピラ症の症例はネズミの尿への直接曝露や, 農業など職業に関連した曝露が原因による事例が多い。一方で, 海外で感染したと考えられる輸入感染症としてのレプトスピラ症は, カヌー, ウインドサーフィン, 水泳, 水上スキーといったウォータースポーツに関連した淡水曝露が原因と考えられる事例が多いとされる3)。提示した症例は植物採取のために河川に浸かったことがレプトスピラ菌に感染した原因と考えられた。また, 洪水後にもレプトスピラ症が流行することがあり, 本邦でも新婚旅行でパラオに旅行した夫婦が, 旅行中にレプトスピラ症に感染した事例が報告されている4)。夫婦はパラオから帰国後約10日目に発熱と両下肢の筋肉痛が出現し, 女性には両目の眼球結膜充血所見がみられた。夫婦はガラスマオ州にあるガラスマオの滝という観光地で泳いだという淡水曝露歴があり, 洪水後であったことから保菌動物の尿に汚染された水が滝に流れてきてレプトスピラ症に感染したものと考えられた。
このように, これまで日本で報告されている旅行者におけるレプトスピラ症は, ネズミとの直接曝露が原因であることは少なく, 淡水曝露が原因となっていることが多いため, 淡水曝露歴を聴取することが診断の上で重要である。
参考文献
- Kutsuna S, et al., J Infect Chemother 21(3): 218-223, 2015
- Leder K, et al., Ann Intern Med 158: 456-468, 2013
- Sejvar J, et al., Emerg Infect Dis 9: 702-707, 2003
- Matono T, et al., J Travel Med 22(6): 422-424, 2015