2014/15シーズンの新上五島町におけるインフルエンザA(H3N2)亜型の分子疫学解析
(IASR Vol. 37 p.228-230: 2016年11月号)
はじめに
季節性インフルエンザの原因ウイルスの型・亜型は,A(H1N1)(以下A/H1),A(H3N2)(以下A/H3)およびB型であり,その中でもA/H3は抗原性を変えながら,毎シーズンのように流行を繰り返している1)。2014/15シーズンも本邦ならびに世界各国において,A/H3が主流の流行亜型であった2)。これまで国内では,感染症発生動向調査を中心とした医療機関で採取された検体でのインフルエンザのウイルスサーベイランスは行われているものの,詳細な分子疫学解析を行った報告は少ない。さらに,本邦の島嶼部における本疾患の疫学には不明な点が多いと思われる。このような背景から,今回,我々は長崎県の五島列島・新上五島町において検出されたA/H3の分子疫学解析を行った結果,若干の知見を得たので以下に報告する。
対象および方法
新上五島町は,九州最西端の長崎港から約100kmに位置する五島列島の中通島・若松島とその周囲の島を町域とし,面積214km2,約2万人の人口を有する。今回の調査においては,同町・中通島の中央部に位置する長崎県上五島病院を2014/15シーズンに受診し,簡易キットあるいは臨床所見により,インフルエンザと診断され,本研究の同意を得られた患者を対象とした。対象は,985名〔男性476名,女性509名,30.0±24.4歳(平均±標準偏差)〕であった。疫学情報として,鼻咽頭ぬぐい液採取日,年齢,性別,住所,職業などに加え,本疾患患者接触歴を含めた情報を収集した。これらの情報を基に,インフルエンザB型および同一地域・集団での2日以内の発症例を除外し,既報に従い,HA1遺伝子(363bp)を対象にRT-PCRおよびシークエンシングを行った3)。結果として,237名の検体のRT-PCRおよびシークエンシングを行った。シークエンス後,A/H1および100%塩基配列が一致した株113株を除外し,最終的に64名(男性34名,女性30名,25.3±24.6歳)の解析株が得られた。得られた解析株に参照株として,過去国内で使用されたワクチン株を加え,最尤法(ML法)による分子系統樹解析を行った(塩基置換モデル: HKY85-Γ)。また,塩基配列が100%一致した株についても,各地域・集団での初発および最終例は解析から除外せず,感染伝播についての検討も行った。
結果および考察
図にHA1解析領域の分子系統樹を示す。系統樹上,上五島町で検出されたA/H3は2つのクラスター(Cluster 1および2)に分類され,多く検出された株はCluster 1であったことが推定された。次に,疫学情報および系統樹から,感染伝播に関する検討も行った。その結果,今回の対象のうち,初発患者は,本土での会合出席2日後より発症(発症日10月21日)しており,今回の調査における上五島町でのインフルエンザ流行の始まりは,他の地域からの持ち込みが発端であると考えられた。さらに,この初発患者から検出された株(図,A/Aokata/26-Oct-2014株,以下青方株)と100%塩基配列が一致した株が検出された本疾患患者の発生地域を時系列的に調査した。その結果,2014年10月末に中通島西部の上五島地区にある青方郷から青方株の検出が始まり,11月にかけて北部の新魚目地区・浦桑郷,さらに南東部の奈良尾地区・岩瀬浦郷,南西部の若松地区・宿の浦郷と全島にわたり,この株が検出された。また,12月中旬には,東部の有川地区・有川郷で,青方株の塩基配列に1塩基変異(T492C)が生じた株が検出され(図,A/Arikawa/12-Dec-2014),西部の上五島地区今里郷,奈摩郷,北部の浦桑郷および南西部の宿の浦郷で検出された。さらに,12月下旬~翌年2月にかけて,再び青方株と同じ塩基配列を有するA/H3が西部の青方郷から島全域にわたって検出された。また,12月下旬から,Cluster 2のA/H3が東部の有川郷で検出され,1月にかけて北部の浦桑郷,西部の奈摩郷・青方郷,南東部の岩瀬浦郷と全島にわたって検出された。さらに,1月下旬以降は,青方株の塩基配列に2塩基置換(G510AおよびT640C)が加わったA/H3が(図,A/Shukunoura/19-Jan-2015,宿の浦株)も全島で検出された。以上のことから,本研究により,2014/15シーズンにおける五島列島・上五島町でのA/H3の分子疫学の一部が明らかになったと思われる。今後,本研究で得られた株のさらなる詳細な遺伝学的な解析を行い,インフルエンザウイルスの伝播様式およびHA1遺伝子の分子進化を明らかにしていく予定である。
参考文献
- Wright PF,et al.,Fields Virology,sixth ed.: 1186-1243,2013
- 中村一哉ら,IASR 36: 202-207,2015
- Saitoh M,et al.,Intervirology 51(6): 377-384,2008