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千葉県での日本脳炎ウイルスの動態について

(IASR Vol. 38 p.154-155: 2017年8月号)

千葉県では感染症流行予測調査事業による日本脳炎の感染源調査(ブタ)と当所独自の遺伝子調査(蚊)を行っている。これまでの調査から, 県内に日本脳炎ウイルス(JEV)が浸潤していることが確認されており, 患者の発生が危惧されていた。2015年, 急性脳炎と診断された患者の髄液からJEV遺伝子を検出し, 千葉県では1990年以来25年ぶりの日本脳炎患者発生となった。さらにペア血清における抗体価の有意な上昇が確認され, 日本脳炎の診断を裏付けた。今回, 患者の検査結果と千葉県におけるJEV感染環の現状を併せて考察した。

患者は10か月齢男児で, 2015年8月に発熱を呈し, 近医を受診していたが, 第4病日に意識障害と左共同偏視を認めたため, 国保旭中央病院に紹介, 入院となった(本号3ページ)。

第4病日に採取された髄液, 咽頭ぬぐい液, 糞便は, 当所に搬入され, 急性脳炎対象ウイルスの遺伝子検査を実施したところ, 髄液からJEV, 咽頭ぬぐい液からヒトヘルペスウイルス6型(HHV6), 咽頭ぬぐい液と糞便からパレコウイルス1型(PeV1型)が検出された。

また, 同日採取の髄液からJEV遺伝子が検出されたこと, 第5病日および第14病日に採取されたペア血清のHI抗体価が, 北京株とJaGAr01株に対して10倍未満から80倍に有意に上昇したことから, 急性脳炎の原因はJEV感染によるものと診断された。なお, 患者は脳炎に先行して発症2~4日前に発疹を伴う発熱を呈しており, HHV6, PeV1型の関与が推察された。

千葉県で以前に患者発生の届出がされた1990年および2008~2016年の間に採取されたブタ血清1,560検体において, HI抗体および最近の感染を示す2-ME感受性抗体保有状況について調査したところ, 1990年, 2008年, 2014年, 2015年, 2016年は, 調査期間におけるHI抗体陽性率の最高値が60~100%を示した。特に患者発生のあった1990年(200検体)と2015年(80検体)は, HI抗体陽性率の最高値が90%を超え, 2-ME感受性抗体も高率に検出された(図1)。

また, 2008年以降のブタ血清および同期間に採取された蚊6,980個体546プールについて, JEV遺伝子検査を実施した。その結果, ブタ血清22検体(2008年11検体, 2009年1検体, 2013年5検体, 2014年2検体, 2015年3検体)および蚊3プール(すべて2008年)からJEV遺伝子を検出した。患者, ブタ血清, 蚊から検出されたJEV遺伝子について, ダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定し, 分子系統樹を作成した。患者, ブタ, 蚊から検出された遺伝子型はすべてJEV I型で, 患者から検出されたJEV遺伝子と同年にブタから検出されたJEV遺伝子は高い相同性が認められた(図2)。このことから, 患者から検出されたウイルスは千葉県内に存在していたウイルスと近似していることが確認された。

ブタまたは蚊からJEV遺伝子が検出された年は2-ME感受性抗体陽性率の最高値が50%を超えており, これらの年のJEVの活動は活発であったと考えられた。患者発生翌年の2016年は, ブタや蚊からJEV遺伝子は検出されなかったが, HI抗体および2-ME感受性抗体陽性率の最高値は90%を超え, 依然としてJEVの活動は活発であった。

患者の居住地は養豚業が盛んな地域にあり, 蚊の刺咬も日常的に確認されたことから, 感染リスクが高い環境であったことがうかがえた。日本脳炎ワクチンの接種対象年齢ではあったが, 標準的接種年齢に達していなかったため未接種であった。今回のワクチン未接種児の患者発生を受けて, 日本小児科学会と千葉県医師会・千葉県小児科医会は感染リスクの高い小児に対して早期ワクチン接種を推奨した。千葉県は今後も患者発生が懸念されることから, ブタと蚊の調査を継続しJEVの動態を注視する。調査結果および流行期の情報, 蚊の防除等について迅速に情報提供し, 予防啓発を継続していく予定である。

 

千葉県衛生研究所
 ウイルス研究室
  追立のり子 平良雅克 秋田真美子 西嶋陽奈 堀田千恵美 小川知子
 医動物研究室
  田﨑穂波 竹村明浩

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