国立感染症研究所

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 2017(平成29)年に関東地方を中心に広域的に発生した, 同一遺伝子型の腸管出血性大腸菌感染症・食中毒事案のとりまとめおよび課題に対する具体的な対応

(IASR Vol. 39 p74-77: 2018年5月号)

1.経 緯

2017(平成29)年8月の感染症発生動向調査における腸管出血性大腸菌感染症のうち, 特にO157 VT2(以下「O157 VT2」という)の報告が関東地方を中心に多発したため, 地方自治体において通常の感染症法および食品衛生法に基づく調査に加え, 厚生労働省から配布した曝露状況調査票に基づき患者の行動等の調査を行い, 関係する自治体, 地方衛生研究所や国立感染症研究所の協力を得て, これらの調査結果を分析し, とりまとめた。

2.調査結果のとりまとめ

(1)本年の腸管出血性大腸菌感染症報告のうち, O157 VT2の件数が過去のピークを超える水準となった8月第33週(164件*1)をピークとして, その後は減少している(件数:暫定値)(図1)。

*1感染症発生動向調査2017年8月23日時点の集計では, 第33週は144件となっているが, その後の報告で164件となっている(2017年11月7日時点)。

https://www0.niid.go.jp/niid/idsc/idwr/diseases/ehec/ehec2017/33w2017EHEC.pdf

(2)42の地方自治体から提出された曝露状況調査票に記載のあるO157 VT2の遺伝子型分析*2の結果, 7月17日~9月1日までに発症した141件のうち, 116件の菌株情報が判明し, 91件が同一の遺伝子型だった(10月6日時点の解析結果)。

*2MLVA法(multiple locus variable-number tandem repeat analysis)とは大腸菌の遺伝子のうち, 17カ所の反復配列の反復数を調べ, 遺伝子型を判定する方法であり, 今回の分析ではすべて一致したものを同一遺伝子型とした。

(3)この同一遺伝子型のO157 VT2による患者の報告数は, 発症日別にみると7月24日~8月8日までに最初の山があり, 東京都(17件), 神奈川県(14件), 埼玉県(6件), 千葉県(4件), 長野県(3件), 群馬県, 栃木県, 福島県, 三重県, 愛知県, 兵庫県から各1件ずつ報告された(8割以上が関東地方からの報告)。調査の結果, いずれも疫学的関連性を把握することはできなかった。

8月9日~8月17日に2つ目の山があり, この集積の中に惣菜チェーン店, 飲食店における食中毒事例を含む集団発生事例があった(図2)。

(4)8月9日~8月17日の期間に発生したこれらの食中毒事例は, 埼玉県, 前橋市, 川越市, 滋賀県で報告され, 埼玉県および前橋市は同一の惣菜チェーン店の一部を原因施設としていたが, 川越市, 滋賀県の原因施設との関連を見出すことはできなかった()。

(5)惣菜チェーン店で発生した食中毒事例では, 惣菜を喫食した患者24名のうち22名が同一チェーン店で提供されたサラダ類(ポテトサラダ, コールスローサラダ, マリネ等)を共通して喫食しているが, いずれのサラダ類も喫食していない患者が2名確認された。この2名の感染原因が後述する店舗の衛生管理の不備によるものか, 他の原因によるものなのか今回の調査によっても明らかにはならなかった。

(6)サラダ類のうち製造施設で製造されていたポテトサラダに関しては, 保存されていた検食を含め, 従事者, 施設内からは腸管出血性大腸菌は検出されなかった。

(7)惣菜チェーン店の衛生管理については, 調理スペースで加熱調理品と未加熱調理品の調理場所が区分されるなど交差汚染対策が講じられていた店舗と, 区分がされず交差汚染対策が不十分で, 調理器具を食材, 用途別に区別していない等衛生管理に問題があったとされた店舗が認められた。また, 販売スペースは, すべての店舗で未加熱品は冷蔵, 加熱品は常温で惣菜が露出された状態で陳列されていたが, 汚染経路との関係は明らかにはならなかった。なお, 従事者, 厨房施設内からは腸管出血性大腸菌は検出されなかった。

3.調査結果の評価

○腸管出血性大腸菌全体の年報告件数は, 第43週時点で3,578件〔2017(平成29)年11月1日)〕*3であり, 例年同時点〔2014(平成26)年3,691件*4, 2015(同27)年3,264件*5, 2016(同28)年3,233件*6〕と比較すると特に発生が多い状況ではなかった(いずれも第43週時点の暫定値)。一方, 2017年のO157 VT2による感染症報告件数は, 過去のピークを超える水準となっていた。溶血性尿毒症症候群(HUS)の発生状況は, 有症状者2,393例のうち98例(4.1%)であった(11月1日現在の暫定値。なお前年値*7は96例, 有症状者に占めるHUS発症例の割合は全体で4.3%)。

*3https://www0.niid.go.jp/niid/idsc/idwr/diseases/ehec/ehec2017/43w2017EHEC.pdf
 *4https://www0.niid.go.jp/niid/idsc/idwr/diseases/ehec/ehec2014/43wEHEC.pdf
 *5https://www0.niid.go.jp/niid/idsc/idwr/diseases/ehec/ehec2015/43w2015EHEC.pdf
 *6https://www0.niid.go.jp/niid/idsc/idwr/diseases/ehec/ehec2016/43w2016EHEC.pdf
 *7https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/2407-iasr/related-articles/related-articles-447/7274-447r10.html

また, O157による食中毒は, 2017年11月14日時点でに示した14件, 患者数122名(死亡者1名を含む) が報告され, 前年〔2016(平成28)年患者数: 252名, 死亡者:10名〕と比較すると, 特に発生が多い状況ではない。

○ O157の過去の広域発生事例の発生要因としては, 一般的に汚染食品の広域流通が挙げられるが, 今回の食中毒調査では, 原因となった施設やメニューが究明された事例があったものの(), 各食中毒事例に共通する発生要因は明らかにはならなかった。

○ 事例探知については, 事例そのものの特徴として, 7月下旬からの最初の山が認められたが, 明らかな集団事例がなく, 散発事例の段階では個々の事例の関連性を結びつける情報が得られず, 広域食中毒としての有効な調査開始が困難であった。また, 本調査を開始した9月においては, すでに最初の山の発生から時間が経過しており, 原因究明を困難にした。さらに, 8月中旬の2つ目の山に含まれた食中毒事例の中には最初の山に起因するものが含まれていた可能性があり, このことが2つ目の山の原因究明も困難にした要因の1つと考えられる。

○ 今般の広域発生事例の早期探知等が遅れた要因としては, 各自治体間の情報共有, 国による早期からの情報のとりまとめ, 当該とりまとめ情報の関係自治体間への共有に時間を要したこと, 遺伝子型別の検査手法の違い, 感染症部局や検査機関等関係機関間の情報確認により結果の集約に時間を要したこと, また, 共通の曝露状況調査票の配布が届出から1カ月以上経過した後となったことが考えられ, その結果, 患者の記憶が薄れ, 食材の流通調査は困難となった。

さらに, 施設に保存されていた検食からO157が検出できなかったことや流通調査に際して仕入れ先に関する記録が十分に確認できなかったことも共通の発生要因の判別を困難にした。

○ 報道対応については, 複数の自治体が十分な調整をすることなく調査結果等に関する報道発表を行ったことにより情報の混乱が生じた。

4.事案における課題

今般の事案を踏まえ, 以下の課題が確認された。

①広域発生食中毒事案としての早期探知が遅れ, 共通の汚染源の調査や特定が効果的に進まず, 対応に遅れが生じた。

・食品衛生部門と感染症部門の間や, 国と自治体との間の情報共有が不十分であったため, 効果的な調査ができなかった。
 ・感染症法に基づく届出情報, 食中毒患者データ, 遺伝子型別データの各情報の関連付け, 共有に時間を要した。
 ・検査手法の違いによって, 遺伝子型の照合に時間を要し, 食中毒患者の関連性の把握に時間を要した。

②事業者の検査用保管食品からO157が検出されず, また, 食材の仕入れ先の記録も確認できなかった。

③関係自治体が, 個別に途中段階の情報発信を行ったため, 不正確な情報が報道されるなど, 混乱を生じた。

5.課題に対する具体的な対応

(1)4. ①課題への具体的な対応

①広域連携協議会の設置

・食品衛生法を改正し, 広域連携協議会を設置すること, 緊急を要する場合には, 厚生労働大臣は, 協議会を活用し, 広域的な食中毒事案に対応することを規定予定。
 ・食中毒処理要領を改訂し, 広域的な食中毒が発生した場合に備えた協力体制等の構築, 情報共有に関すること等を追記することを検討する。

②共通IDによる管理

・感染症法に基づく届出, 食中毒患者データ, 遺伝子型解析結果の情報を共通IDにより管理し, 共有可能な仕組みの構築を進める。

③共通調査票, 調査協力マニュアル

・共通調査票について実際に自治体で使用している調査票を参考に調査票案を整備し, 腸管出血性大腸菌の流行が見込まれる前の6月までの策定を進める。
 ・調査協力マニュアルについて, 国立感染症研究所の専門家等(厚生労働科学研究班)と網羅すべき事項の検討を行い, 腸管出血性大腸菌の流行が見込まれる前の6月までの策定を進める。

④遺伝子検査手法の統一化

・すべての菌株の遺伝子型別の検査について, 反復配列多型解析法(MLVA)へ統一化する旨を通知〔2018(平成30)年2月8日付け通知(健感発0208第1号, 薬生食監発0208第1号)〕した。
 ・腸管出血性大腸菌の届出の多い地方衛生研究所に対し, 解析ソフトの整備の支援(解析ソフトの貸与)を実施した。
 ・地方衛生研究所職員を対象とした遺伝子型検査法の技術研修会を開催した。
 ・各地方衛生研究所で検査を実施した遺伝子型検査結果データを集約し, 迅速に広域発生事例を探知する方法の検討を行う。また, 既存の食品保健総合情報処理システムを活用しながら, 迅速に関係自治体と関連情報を共有する。

(2)4. ②課題への具体的な対応

検食や記録保管に関し, 食材の遡り調査が困難であった背景の問題点について関係自治体から聴取する。

(3)4. ③課題への具体的な対応

整合性のとれたリスクコミュニケーションを図るため

・①で設置を予定している広域連携協議会において, 事案が発生した場合に関係部門との連携を含め, 適切に機能するよう公表方法を含む要綱等の整備を進めていく。
 ・広域食中毒事案の公表は, 関係自治体等で整合が図れるよう, 調査協力マニュアルの策定や食中毒処理要領への関連規定の追加を検討する。


 

厚生労働省医薬・生活衛生局
食品監視安全課食中毒被害情報管理室 岡崎隆之

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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