Capsular switchingを生じた肺炎球菌による肺炎のクラスター感染事例の解析
(IASR Vol. 39 p118-119: 2018年7月号)
はじめに
肺炎球菌はヒトの上咽頭の常在菌としても存在している。一方, 肺炎などの呼吸器感染症や髄膜炎, 菌血症など全身性感染症を引き起こす。肺炎球菌による感染症の多くは散発である。稀に, 集団生活 (病院, 軍隊など) で暮らすヒトには, 肺炎球菌による集団感染が報告されている1-3)。
肺炎球菌が感染を引き起こすために最も重要な因子と言われているのは莢膜であり, 抗原性の違いにより95種以上の血清(莢膜)型に分類されている。各血清型の莢膜は20kb前後の遺伝子群(cps locus)にコードされている。肺炎球菌は上咽頭に常在しながら, 菌体外に存在しているDNAを菌体内に取り込み, 自身の染色体上への組換えが行われる。組換えによる血清型の変化, いわゆるcapsule switchingもしばしばみられる。我々は, capsular switchingを生じた肺炎球菌による肺炎のクラスター感染症例を経験したので4), その解析結果を報告する。
解析方法
肺炎球菌は血液寒天培地を用いて37℃, 5% CO2下で一晩培養し, 以下の解析に用いた。血清型は, Statens Serum Institut製血清を用い莢膜膨化法により決定した。薬剤感受性試験は微量液体希釈法によって行った。マルチローカスシークエンスタイピング(MLST)解析では, 分離菌株のゲノムDNAを精製し, 肺炎球菌のゲノム上にある7つのハウスキーピング遺伝子(aroE, gdh, gki, recP, spi, xpt, ddl)の配列を決定し, sequence type(ST)を決定した。また, 次世代シーケンサーMiSeq(Illumina)を用いて全ゲノム配列を決定した。
結 果
1. 肺炎球菌性肺炎症例の発生状況
2014年1~8月の間に, A病院の同一病棟で長期入院中の基礎疾患を持つ患者13名が肺炎を発症した。肺炎患者の年齢は5~39歳, 男性と女性はそれぞれ7名と6名であった。すべての肺炎患者の喀痰より肺炎球菌が有意に分離され, 肺炎球菌性肺炎と診断された。同一菌株によるクラスター感染と疑われ, 細菌学的および全ゲノム解析を行った。今回のクラスター感染が発生するまで, 同じ病棟に入院している患者全員に肺炎球菌ワクチンの接種歴がなかった。
2. 肺炎球菌の血清型, 薬剤感受性およびST型
13症例由来肺炎球菌の解析結果を表に示す。肺炎球菌13株のうち, 血清型10A型は9株で, 残りの4株は6A型であった。12株(10A型8株と6A型4株)は同一ST(ST9999)を示した。10A型1株はST9999とアリルxptと1塩基が異なる近縁タイプ(ST10024)であった。肺炎球菌13株の薬剤感受性のプロフィールも類似していたため, 今回のクラスター肺炎症例は同一肺炎球菌による感染であることが示唆された。しかし, 血清型は10Aと6A型と異なったため, 全ゲノム解読および血清型を決定するcps locusの解析による肺炎症例間の関連性を解明することが必要となった。
3. 血清型変換および肺炎症例間の関連性の解明
肺炎球菌13株の全ゲノム解析の結果から, これらの菌株は血清型に違いがあるものの, 同一であることが明らかとなった4)。血清型が異なる理由はcapsule switchingを生じた可能性が高いため, 肺炎球菌13株のcps locusを含むpenicillin binding protein(pbp)2b遺伝子からpbp1a遺伝子までの約40kbの配列を比較し, capsule switchingの原因となった組換え部位を決定した(図)。
肺炎球菌13株のpbp2bとpbp1a間の遺伝子配列の違いによって, 10A血清型(A, Bタイプ)と6A血清型(C, Dタイプ)はそれぞれ2タイプに分けられた。10A血清型AとBタイプの肺炎球菌はそれぞれ7株と2株で, 6A血清型CとDタイプは3株と1株であった。今回のクラスター肺炎症例由来肺炎球菌のうちで最も多く分離された10A型Aタイプをベースにして, 他のタイプの肺炎球菌の配列を比較した。
10A血清型Aタイプの配列と比べ, Bタイプ肺炎球菌のcps locus下流のaliA遺伝子およびcell wall surface anchored proteinをコードする遺伝子の一部分の配列が異なり(図, 黒塗り部分), 血清型変換に関与しない組換えが起きたことが示唆された。6A型Cタイプの, cps locus上流のconserved hypothetical proteinをコードする遺伝子から, cps locus下流のtransposaseまでの配列は10A型から6A型に変換していた。一方, 6A型Dタイプのconserved hypothetical proteinをコードする遺伝子とその下流のdexB遺伝子の一部分の配列はふたたび6A型から10Aに戻る現象がみられた。以上の結果から, この肺炎球菌のcps locus周辺には, 短期間の間に複数回の遺伝子の組換えが発生したと考えられた。
結論と考察
我々は, capsule switchingが生じて異なる血清型を示す同一肺炎球菌によるクラスター肺炎感染事例を解析した。この肺炎球菌は患者または保菌者に生息している間に, 遺伝子組換えが起こり, 血清型が変換したことを明らかにした。肺炎球菌の莢膜はもっとも重要な病原因子であり, 特に結合型肺炎球菌ワクチンが日本国内で使用された2010年以後に, 血清型別解析は重視された。しかし, 今回のような感染事例では, 血清型解析のみでは感染の全貌を把握することができず, 全ゲノム解析が必要になる。
参考文献
- Kuroki T, et al., J Am Geriatr Soc 62: 1197-1198, 2014
- Millar MR, et al., J Hosp Infect 27: 99-104, 1994
- Crum NF, et al., Am J Prev Med 25: 107-111, 2003
- Chang B, et al., J Clin Microbiol 56: e01822-17, 2018