国立感染症研究所

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薬剤耐性HIVの変遷

(IASR Vol. 39 p153-155: 2018年9月号)

はじめに

1981年にアメリカの西海岸でカリニ肺炎の集団発生として報告されてから38年経過したが1), 人類とHIV感染症との戦いはいまだ終わりを見ない。薬剤の驚異的な進歩により, とりあえず「HIV感染=死」ではなくなったし, 以前の薬に比べると格段に耐性ウイルスの出現が少なくなったのも事実である。これは, 副作用が少なく, 効果が強力で, 錠数が少ない(基本的に1日1回1錠)薬剤の開発により成し遂げられたものである。しかし, いまだに服薬の継続が絶対条件としてHIV感染症治療から外せない枷となっている。つまり, 薬剤耐性ウイルスの出現は常に現在の薬剤の有効性に脅威を与える「影」としてつきまとい続けているのである。

単剤治療から初期のARTの時期(表:本文中の略語一覧

日本で初めてエイズ患者に対して治療が始まったのが, 1987年のAZTによる単剤治療であった(図12)。初めて, 薬剤でHIVに対する治療効果が認められ, 異例の早さで臨床に投入されたが, すぐに耐性ウイルスが出現し治療を続けられない人が続出した。当時の初回の投与量は1日1,200mgで欧米人と同じだったので, ほとんどの日本人がオーバードーズとなり, 吐き気と骨髄抑制で治療継続が困難となった。そこで, すぐに投与量が日本人の体格にあわせて減量された。その後, 1997年に日本でARTが始まるまでは, 単剤や2剤投与が行われ, しかも副作用が強く, きちんと服薬が継続できない感染者も多く, 年々薬剤耐性ウイルスの報告が増加していった。それは, ARTが始まってからも1999年まで右肩上がりで続いた。初期のARTはプロテアーゼ阻害剤(PI)1剤と核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)2剤の3剤併用で行われていた。中でも第1世代のPI(IDV, RTV, SQVなど)は, 消化器系の副作用(吐き気, 下痢など)が高頻度で起こり, ドロップアウトする症例が多かった。その結果, 1999年の時点で治療中の患者の70%以上で何らかの薬剤耐性が報告されるという事態に至った。ART初期のアドヒアランスの低さと耐性変異の高頻度の出現は, この時期のHIV感染症治療で最も頭の痛い問題であった。この頃の, 主な耐性変異は, RT領域ではM41L, K70E/R, Q151M, M184V/I, L210W, T215Y /Fなどで, PR領域ではD30N, M46I/L, G48M/V, V82A, I84V, N88D/S, L90Mなどである(それぞれの変異に対応する薬剤名がぱっと浮かぶ人は, 黎明期からAIDS診療に関わっているベテランの方々ではないかと推察いたします)。

中期ART(1999~2009年)の時期

耐性変異をどうにかしないといけないと考えたときに, その対応策として大きく二つの方法が試みられた。一つは, 副作用の少ないPIを開発すること(剤型の変更も含めて, 飲みやすくする)で, もう一方は全く異なる作用の薬を開発すること(PI特有の副作用を避ける。特に消化器症状を避けたかったため)であった。前者により, 錠数が少なく飲みやすく耐性が出にくい薬の開発が進み(LPV, ATV, DRVなど), アドヒアランスの改善と耐性変異の減少が一気に進んだ。一方, 1999年に発売された非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)のEFVは, 錠数の少なさと消化器症状がないことから処方が急速に増えていき, アドヒアランスが飛躍的に改善された。しかし, 耐性変異が入りにくいとはいえ1カ所致命的な耐性変異が入ると, 同系等のNNRTIが次に使えなくなるため, その点が悩みの種であった。また, 消化器症状はないのだが, 今度は中枢神経症状(性格変化や悪夢を見るなど)がみられ, これはこれで色々困った問題を引き起こした。この, PIとNNRTIのツートップの時代が2000年代の初頭の10年近く続いたため, 2010年あたりまでは年々伝播性の薬剤耐性変異に占めるこの二つの領域の割合が増加していった(図23)。この頃みられた主な耐性変異は, RT領域のL100I, K103N, Y181C, M230Lや, PR領域のV32I, I47V, I50L/V, I54V/M/Lなどがあげられる。

後期ART(2009年以降)の時期

この時期からインテグラーゼ阻害剤(INSTI)が投入され始め, 初回治療はINSTIを含む組み合わせに急速に置き換わっていった。最新のDHHSのガイドラインでは, 初回の推奨治療はすべてINSTIを含むレジュメになっている4)。なぜならこれまで問題になっていたような副作用はみられないし, 1日1回1錠のSTR(single tablet regimen)が一般的になっていったため, 利便性という面でもこれまでのものをはるかに凌駕していたからである。ウイルス抑制効果も強く, 耐性も出にくいため, 効果不十分による治療中断は非常に少なくなった。そのため, 伝播性の薬剤耐性変異の報告は今のところほとんどみられない(図2)3)。ただし, ほとんどの新規感染者でINSTI治療が第一選択となった今, 新たな耐性変異の伝播が致命的なダメージをHIV感染症治療に与える可能性はかえって高まったともいえる。よって, 今後も薬剤耐性の出現に目を光らせておく必要がある。

おわりに

本邦では, 1996年からすでにPI認可をにらみ薬剤耐性検査を開始し, 2000年に入ってからは厚生労働省の薬剤耐性班で日本における耐性の動向を調査してきており, 現在も継続中である。新規感染症例のウイルスシークエンスデータの半数近くを毎年蓄積しており, 日本におけるHIV耐性変異の推移を長期にわたり追跡してきている(図33)。今後も引き続き, 日本における薬剤耐性の動向を追跡調査することで, 薬剤の選択を行う上での有用な情報となることはいうまでもない。それだけでなく, 本邦でのウイルスの伝播様式を長期にわたるシークエンスデータで解析することで, 将来のウイルス変異や伝播速度などの予測を行うことが可能となると考えている。そのため今後も長期的に日本におけるHIVの動向調査を続けることが重要であると言える。

 

参考文献
  1. CDC, MMWR 30: 250-252, 1981
  2. 吉村和久, 病理と臨床 臨時増刊号 36: 340-344, 2018
  3. 平成28-30年度AMEDエイズ対策実用化研究事業「国内流行HIV及びその薬剤耐性株の長期的動向把握に関する研究」班(研究代表者:菊地 正)
  4. DHHS, Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents (Last updated May 3, 2018)
    https://aidsinfo.nih.gov/guidelines

 

医療法人社団広崎会 さくら病院
 内科部長 吉村和久(国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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