国立感染症研究所

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JICAエイズ国際研修のこれまでの成果ならびに今後の発展

(IASR Vol. 39 p156-158: 2018年9月号)

はじめに

最新の国連合同エイズ計画(UNAIDS)の報告によれば, 2017年において, 全世界におけるHIV感染者数は約3,690万人, 2017年1年間に新規にHIVに感染した人が約180万人, 2017年1年間にエイズ関連で亡くなった人が約94万人とそれぞれ推定されている1)。1996年以降導入が進んでいる併用抗レトロウイルス療法(cARTまたはART)の成果として, 新規HIV感染者数は1997年頃から, エイズ関連死者数は2005年頃から減少傾向にあり, 一方でHIV感染者数自体は少しずつ増加している。今から30年前, 1988年国立感染症研究所(感染研)に新たに設立されたエイズ研究センターは, 全世界で急速に拡大を続け, 特に東南アジアでのエイズの大流行が問題になっていた状況において, 当初からHIV/エイズの基礎研究のみならず, エイズ対策の国際協力に積極的に参加していた2)。さらに, JICA(当時は国際協力事業団, 現在は国際協力機構)の委託を受け, 1993(平成5)年度から, 主にアジア地域のエイズ検査技術者の育成を目的にJICAエイズ国際研修コース(以下, 国際研修と略す)がスタートし, 現在まで何回かの更新を経ながら継続しており(表1), これまで26年間に受け入れた研修員は, 61カ国, 274名にのぼる(2018年7月現在)(表2)。本稿では, 本年まで13年間コースリーダーを務めた筆者が, JICA国際研修のこれまでの歩みおよび成果や今後の発展に向けての展望について概説する。

JICA国際研修のこれまでの成果

1993年度~1997年度までの5年間(コース名:エイズのウイルス感染診断技術;6週間)は, 主にアジア地域からの研修員(毎回約10名)に対して, 一流外部講師および内部講師による充実した講義(レトロウイルス学, エイズの疫学・臨床, 日和見感染など)と血清学的診断を中心とする実習(蛍光抗体法, PA, ELISA, WB, p24 assay, PCR法など)および日本赤十字, 大阪大学微生物病研究所(阪大微研)など関連施設の見学を実施し, 好評を博した。引き続いた1998年度~2002年度までの5年間(コース名:エイズのウイルス感染診断技術;6週間)は, 主な対象地域を西太平洋, 南東アジアおよび特に急激な感染増大が問題となっているアフリカとして同様に実施されたが, 講義の講師陣はできるだけ感染研内の研究者で行えるように変更した。次の2003年度~2007年度までの5年間(コース名:HIV感染者のケアとマネジメントのための高度診断技術;5週間)は, 主な対象地域を前回同様西太平洋, 南東アジアおよびアフリカとして実施した。当時, HIVの感染診断が従来の感染の有無のみを判断する血清学的診断に加えて, 感染ウイルスの質, 量を知ることができるPCR法など核酸増幅検査法に基づいた診断法が重視されつつあった。これを踏まえ, コース内の講義と実習において, PCR法やDNA配列解析を含めた内容の研修を行った。5年間のコースを3回実施した後は, コースを3年ごとに更新して研修を行ってきた。まず, 2008年度~2010年度までの3年間(コース名:診断とモニタリングのためのHIV感染検査マネジメント;5週間)は, 主な対象地域をアフリカおよびアジアとし, 対象研修員を主にナショナルレファレンスラボ(またはそれに準ずる組織)に限定することによって, 限られた人数で行う研修の成果の対象国内での効果的な伝播を期待した。また, 研修員の要望が大きかった「実習の復習の機会」として3日間の「PCRワークショップ」を新たに実施し, 研修員から高評価を得た。次の2011年度~2013年度までの3年間(コース名:HIV感染診断とモニタリングのためのHIV感染検査技術;5週間)では, PCRワークショップを継続するとともに, 研修対象国におけるARTへのアクセスの向上に伴い発生する薬剤耐性ウイルスの出現に対応するため, DNA配列解析の講義および実習を本格的に開始した。さらに, 2014年度~2016年度までの3年間(コース名:サーベイランスを含むHIV対策のための検査技術・実験室マネジメント;5週間)では, サーベイランスおよび実験室マネジメント〔開発途上国における実験室(検査室)の整備, 5S(整理, 整頓, 清掃, 清潔, 躾)-カイゼンおよび実験室マネジメント〕の講義と前回から本格的に導入したDNA配列解析実習の充実化(学習時間の拡大)を図った。また, 中央(感染研)と地方(地方衛生研究所等)の関係・連携を学ぶため, 大阪府立公衆衛生研究所(現大阪健康安全基盤研究所)の見学を追加実施した。現在は, 昨年度にスタートした「HIVを含む各種感染症コントロールのための検査技術とサーベイランス強化」が2回終了したところである。この新コースでは, 1)研修期間を5週間から以前のように6週間に延長し, 2)ウイルス性下痢症など, HIV関連感染症の講義の導入, サーベイランス関係の講義のコマ数の増加, 研修員における要望の高いDNA配列解析実習の一層の充実化, などを図っている。

これまでの26年間の国際研修において, 研修がいかに帰国研修員らによってHIV/エイズの問題解決に向けて活用されているかを調査するためのフォローアップ調査が, 主に感染研側の要請とJICAの立案に基づいて過去4回実施されている。1998年にラオスとマレーシア(感染研参加者:横田, 梅田)3), 2012年にガーナとタンザニア(感染研:村上, 石川), 2015年にタイ(感染研:村上), 2017年にミャンマー(感染研:村上, 原田)でそれぞれ実施された。いずれの調査においても, 帰国研修員との面談および活動調査と関連施設の視察が行われている。最近の3回の調査に参加した筆者は, 1)いずれの帰国研修員も所属機関等で研修の成果をきちんと報告し, かつその内容を日々の業務に活用していること, 2)ナショナルレファレンスラボ(またはそれに準ずる組織)からの研修員は, 母国ではより指導的な役割を発揮できていること, を実感できた。

今後の発展に向けて

以上のように, 長きにわたり規模は小さいながらもしっかりとした内容の研修を毎年実施することにより, HIV/エイズの問題解決に向けてエイズ研究センターを中心に行ってきた国際研修は大きな成果を上げてきたといえる。しかしながら, 研修発足当初から反省点として上がりながら現在に至るまで十分に実施できていないこともある。それは, 1)毎回の研修のフォローアップ, と2)研修員間または研修員(所属機関)と感染研のネットワークの形成である。フォローアップについては, 毎回研修員が作成し, 研修最終日に発表するアクションプランがいかに実行されたかについての調査は, JICAの協力の下きちんとなされるべきだと考えている。ネットワークの形成についていえば, 研修員同士の帰国後の交流は近年のSNSの浸透に伴い活発化しているが, 感染研も関与した形にはなっていない。インターネット電話サービスやTV会議等を用いて帰国研修員が一同に会するワークショップの開催等をエイズ研究センターとして計画中である。研修員と感染研のネットワークが本格的に形成され, 研修員の所属機関のレベルが上がることによって, UNAIDSが提唱している, 90-90-90の目標達成に近づくだけでなく, 将来的には感染研と研修員の所属機関の間での基礎研究における共同研究の実施が期待される。

おわりに

国際研修は, 世界のHIV/エイズの状況や検査・診断体制の変化に適応しながら過去26年間にわたり継続されてきた。今後も上述のような努力によってその実施意義はこれまで以上に高まることが期待される。最後に, 国際研修の実施や本稿の執筆のためにご協力いただきました下記の諸先生方, エイズ研究センターを始めとする感染研の職員やJICA関係者の皆様など, 国際研修に携わってこられたすべての方々に御礼申し上げます。

佐多徹太郎 (初代コースリーダー, 前感染病理部・部長), 横田恭子(1998年帰国研修員フォローアップチーム団員, 前免疫部・室長), 松田善衛(二代目コースリーダー, 前エイズ研究センター・室長), 山本直樹(前エイズ研究センター・センター長), 俣野哲朗(エイズ研究センター・センター長)(敬称略)。

 

参考文献
  1. UNAIDS DATA 2018
  2. 平成5年度エイズ研究センター年報
  3. 帰国研修員フォローアップチーム報告書(エイズのウイルス感染診断技術), 国際協力事業団, 1998
 
 
国立感染症研究所エイズ研究センター 村上 努

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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