成人におけるRSウイルスの集団感染
(IASR Vol. 39 p211-212: 2018年12月号)
RSウイルスの集団感染
Respiratory syncytial virus(以下, RSV)は全年齢層において感冒や気管支炎の原因となる呼吸器ウイルスで, 小児の重症下気道感染症の原因ウイルスとして一般的に知られているが, 高齢者や基礎疾患を有する成人においてもインフルエンザウイルスと同様に感染すると重症化しうる1)。またRSVは免疫不全患者において集団感染を生じ, 特に幹細胞移植病棟における事例は小児成人とも欧米から多数報告があり, 致命率は9~18%と報告されている2,3)。
本邦での報告はこれまで小児集中治療室や高齢者入所施設における事例が主であったが4,5), 我々は自院の血液内科病棟においてRSVの集団感染を経験し, 報告した6)。本稿ではその概要に考察を加えながら解説していく。
概 要
集団感染は2014年8月, 血液内科を含む内科病棟(入院52名のうち30名が血液悪性腫瘍)で発生し, 有症状者23名(血液悪性腫瘍13名, その他5名, 医療者5名)で気道検体 (主に鼻腔ぬぐい液)のPCR検査が施行され, 12名(血液悪性腫瘍8名, 糖尿病2名, 医療者2名)が陽性であった。12名の平均年齢は56歳(23~78歳)。感染対策チームの介入により集団感染は17日間で終息した。
臨床像
糖尿病の2例は発熱を伴う典型的な上気道炎症状(鼻漏・咽頭痛)を呈し, 発症時期が明確であったのに対し, 血液悪性腫瘍症例では発症時期の特定が困難であった。これはもとから存在した血液疾患に起因する発熱などの症状やステロイドなどの薬物使用により典型的な症状が認知されにくかったためと考えられ, 過去の報告でも血液悪性腫瘍症例では発症時期の特定が困難であることが示され, 同様の考察がなされている7)。
院内伝播
今回の集団感染では血液悪性腫瘍5名のウイルス排泄期間は中央値16日(範囲:8-37日)であった。市中におけるRSV感染のウイルス排泄期間は11日程度であるが8), 免疫不全症例の集団感染では排泄期間の延長を認めることがあり, ある幹細胞移植病棟の集団感染事例では平均30.5日(範囲:1-162日)であったと報告されている3)。
遺伝子系統解析では, 解析し得た8名中7名が同一RSV株(院内伝播株)に感染していた。院内伝播株の感染者には医療者も含まれており, 集団感染に関与したと考えられた。また1カ月前の隣接病棟の入院症例からも院内伝播株が検出されたことから, 院内伝播株は集団感染が発覚する1カ月前からすでに院内に潜伏していたと推察された。一方, 集団感染症例には市中のRSV株に感染した症例も確認されたが, このことは市中株の病棟への侵入は常に生じうることを示している。大規模な市中流行が生じるRSV感染では, 院内での感染伝播のみに対策を講じるだけでは不十分であると考えられる。これらと同様の事例は過去の報告でも確認でき7,9,10), 免疫不全患者におけるRSV感染対策の難しさを表している。
集団感染時の対策
前述の臨床像やウイルス学的背景から, RSV集団感染では, ①市中感染源の侵入, ②免疫不全者のウイルス排泄延長, ③軽症~無症候の医療者や免疫不全者による伝播, などが問題となる。我々はこれらを考慮し, ①当該病棟の患者の外出・面会制限と新規入院制限, ②感染者の集団隔離(コホーティング), ③患者医療者とも標準予防策の見直しと徹底, という対策を講じ, 早期に集団感染を終息させることができた。特にコホーティングについてはこれを支持する研究報告もあり11), 重要な対策と考える。
診断方法
集団感染期間中に行った42検体の検査において, リアルタイムPCRを基準とした迅速抗原検査の感度, 特異度はそれぞれ30%, 91%であった。RSV感染における迅速抗原検査の感度は小児と比べ成人はかなり低いため(小児81% vs 成人29%), 成人ではPCRを用いた診断が推奨されている12)。
重症例と治療
いくつかの血液悪性腫瘍症例の集団感染でリスク評価が試みられており, それぞれ背景が異なり比較は困難であるが, RSV感染者において低リンパ球血症(<100 /μL)は下気道感染進行(重症化)のリスク因子であること13), 下気道感染まで至った例は死亡リスクが高いこと14)はいくつかの研究で示されている(RSV感染自体が死亡リスクに直結するわけではない)。
白血病患者のインフルエンザを除く呼吸器ウイルス感染症のガイドライン(海外)15)では, RSVとパラインフルエンザウイルス感染症でのみ高リスク症例に対するリバビリンの使用が勧められているが, その予後改善効果については一定の見解を得ていない7,13,16)。今回の集団感染では下気道感染症例は含まれていたものの, 原疾患死症例を除いては重篤な例はなく, リバビリンなどの抗ウイルス薬の投与は考慮されなかった。
参考文献
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