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高齢者のRSウイルス感染

(IASR Vol. 39 p212-213: 2018年12月号)

概 要

RSウイルス(RSV)感染は, 一般的な感染症である。通常成人では, 重症化することなく上気道の感冒様症状のみで自然軽快することが多い。下気道炎が乳幼児で問題になることが多いが, 高齢者でも, 慢性呼吸器疾患や心疾患等の基礎疾患を持つ患者への感染では入院を要するような症例, とくに肺炎にまで至ったような例では, 死亡退院の率はインフルエンザに匹敵する1)。介護施設での集団発生2) も多く, 高齢者での重要性も強調されるべきである3)。わが国のRSV感染症の疫学で得られるデータでは, 流行は, 夏に流行がみられる沖縄を除けば, 多くは秋季~冬季が主体だが, データのほとんどは小児科定点からの報告であり, 高齢者の患者発生動向に関する正確な知見は不足している。ただし, 我々は小児における流行に高齢者の肺炎症例の出現が追従することを確認している1)。インフルエンザ同様, 慢性呼吸器疾患等の基礎疾患を有する例への感染では, 肺炎のリスクのみならず基礎疾患の増悪もある1,4)。よって軽症感染の小児や成人からの高齢者への感染を防ぐ必要がある。

診 断

高齢者向けの特別な診断法があるわけではない。高齢者での疫学や臨床像に関しては未だ不明な点が多い。小児例とは違い高度な喘鳴や細気管支炎などの特徴的臨床像を呈さないことが多く, 入院症例では発熱, 咳嗽, 喀痰, 喘鳴および呼吸困難を示す例が多いものの5), 臨床症状での他の呼吸器感染症との鑑別はほぼ不可能である。小児におけるRSV感染症診断には, 鼻腔拭い液あるいは鼻腔吸引液検体を用いたイムノクロマト迅速抗原検査(POCT)がよく用いられており, 実際後者を用いたウイルス検出感度はかなり高いと考えてよい。一方で, 高齢者ではウイルス排出量自体が小児に比べ少ないうえに6), 鼻腔吸引検体が検査に用いられることが稀なこともあり, 同検査における抗原検出感度は低い。重症例, 免疫不全患者では, ウイルス排泄量が多くPOCTでも陽性になることはある7)。ただし, 陽性であれば問題ないが, 陰性時の判断は要注意である。

これに比べRT-PCR法による遺伝子検出は感度が高く, それを補完する意味がある。だが, 費用, 設備, 人手の問題があり, 研究あるいは行政サーベイランス以外, 日常臨床の場での使用は非現実的である。また, 高感度での遺伝子検出は, 単にウイルスの存在を示すだけであり, 必ずしも活性あるウイルスの感染状態を反映しない場合がある。ウイルス分離はそれを克服するが, 検体の扱い等, 種々の技術的制約があること, また可能な施設が限られているのが難点である。抗体価の測定は信頼性の高い診断法である。RSウイルス抗体価の測定は保険診療の外注検査として施行が可能である。ペア血清での抗体価の上昇は, 感染の決定的証拠となる1)。さらに, 付け加えておくことがある。高齢者の入院例で肺炎にまで至った例では, 15~20%で肺炎球菌, インフルエンザ菌などによる二次感染が認められており1,8), 場合によっては細菌検査も必要となる。

RSV感染症と重症化

成人の市中肺炎におけるRSV関連肺炎の中では, 高齢者が大半を占めると推察される1)。一方で, RSV感染が介護施設の高齢者の入院と死亡を増加させていたとの報告もある9)。高齢者でのRSV感染症の重症化の機序は明確ではないが, 最近, 基礎疾患が重症化に関与している可能性が示唆されている10)。Falseyらによる65歳以上の健常高齢者約600人, 在宅慢性心肺疾患患者約500人, 呼吸器疾患入院患者約1,400人の4年間の前方視研究によれば, 1シーズンに健常高齢者で3~7%, 慢性心肺疾患患者で4~10%, 入院患者で8~13%がRSVに罹患し, 在宅慢性心肺疾患患者では感染例の16%が入院を余儀なくされ, 一方, 健常高齢者では入院例はなかったという3)。特に慢性呼吸器疾患, 例えば慢性閉塞性肺疾患(COPD)・喘息, さらに慢性心疾患などが重症化の危険因子として示唆されている11,12)。特にCOPDは, わが国における死亡率の上位に位置し, 患者数も増加傾向にあるが, インフルエンザ等の呼吸器ウイルス感染とCOPDは互いの病態を 「増悪」 させることが知られており, RSV感染も例外ではない。COPDの急性増悪の68%程度にRSVが関わっているとの推定もある13,14)。また, RSVの無症候性の感染が安定期にあるCOPDの進行を加速させているとの報告もある15)

治療と予防

現在, RSV感染症は有効なワクチンおよび抗ウイルス薬がない。唯一, RSV感染症予防に有効性が確認され臨床的に使用されている, 抗RSVヒト化モノクローナル抗体のパリビズマブの適用は特別の条件を満たす乳幼児での重篤な下気道疾患の発症抑制のみである。高齢者での有用性は明らかでない。対症療法が唯一の治療法であり, 細菌との混合感染では当該菌に対して有効な抗菌薬の投与がなされる。ステロイドの併用については, まだ評価は定まっていない。

 

参考文献
  1. 高橋 洋, モダンメディア 63: 105-111, 2017
  2. 小倉 惇ら, IASR 34: 208-209, 2013
  3. Falsey AR, et al., N Engl J Med 352: 1749-1759, 2005
  4. Tang Y and Crowe JE Jr, Manual of Clin Microbiol, pp1361-1377, 2007
  5. Lee N, et al., Clin Infect Dis 57: 1069-1077, 2013
  6. Branche AR, et al., J Clin Microbiol 52: 3590-3596, 2014
  7. Talbot HK and Falsey AR, Clin Infect Dis 50: 747-751, 2010
  8. Lee N, et al., Clin Infect Dis 57: 1069-1077, 2013
  9. Elis SE, et al., J Am Geriatr Soc 51: 761-767, 2003
  10. Walsh EE, et al., J Infect Dis 207: 1424-1432, 2013
  11. Englund JA, et al., Ann Intern Med 109: 203-208, 1988
  12. Duncan CB, et al., J Infect Dis 200: 1242-1246, 2009
  13. Talbot HK and Falsey AR, Clin Infect Dis 50: 747-751, 2010
  14. Shah DP, et al., J Antimicrob Chemother 68: 1872-1880, 2013
  15. Wilkinson TM, et al., Am J Respir Crit Care Med 173: 871-876, 2006

 

国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター 西村秀一
坂総合病院呼吸器科 高橋 洋

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