国立感染症研究所

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RSウイルスの分子疫学

(IASR Vol. 39 p213-215: 2018年12月号)

1.ウイルス遺伝子の特徴

RSウイルス(RSV)はニューモウイルス科に属するマイナス一本鎖のRNAウイルスである。ウイルスゲノムは約15.2kb長で一繋がりになっており, 11の蛋白(NS1, NS2, N, P, M, SH, G, F, M2-1, M2-2, L)をコードしている1)。RSVの表面にはG蛋白とF蛋白の2つの蛋白があり, G蛋白は宿主細胞への接着を, F蛋白は膜融合を起こす。11の蛋白のうち, G蛋白の変異頻度が最も高いが, それは宿主の免疫による選択圧がかかりやすいからである1)。このためRSVのウイルス進化や伝播を解析する上で, G蛋白を遺伝子解析することが多い。RSVの型別(A型, B型)もG蛋白の血清型に基づいており, さらに遺伝子型もG蛋白を用いるのが一般的である。

2.G蛋白による遺伝子分類

世界的に最も頻用される遺伝子型別はG蛋白の第二可変領域(270~342塩基)を使った分類である2)。遺伝子型別の判定に必要な塩基数が短いため, リソースが限られる場合にも比較的簡単にシークエンスができる。方法としては, RSVのG蛋白のシークエンス断片を樹形図解析し, ブートストラップ値が70%以上で, グループ内のp-distanceが0.049以下の場合を1つの遺伝子型とする3)。現在, A型, B型RSVを合わせ, 20以上の遺伝子型が存在すると言われているが, 研究者がそれぞれで違う名前をつけて新しい遺伝子型を発表する傾向がある。今後, 遺伝子型を統一する国際的な仕組みが必要と思われる。その中でも, 我々が提唱したA型のNA1遺伝子型と, B型のBA9遺伝子型は世界的に用いられている4,5)。2010年にカナダでG蛋白に72塩基の挿入があるA型ON1という新しい遺伝子型が見つかった6)。この新しいON1は, NA1遺伝子型を駆逐して4~5年で世界的に優勢となった7)。日本では2012年に初めて検出され3,8), 2014年末には全国的に優勢となった3)。感染症発生動向調査の報告数の増加がON1遺伝子型の流行と一致してみられるため, 新しい遺伝子型の流行により感染者数が増加した可能性がある3)

3.RSV流行型と遺伝子型

我々は, 2016年1月~2018年4月に北海道から沖縄まで日本各地12カ所でRSVの流行型調査を行った。新潟大学で, リアルタイムPCRによる型別と, G蛋白第二可変領域の樹形図解析から遺伝子型の判定を行った。調査期間内に医師が症状によりRSV感染を疑った合計876件の検体が採取され, うちA型RSVが303件(34.6%), B型が241件(27.5%), 型別不能のRSVが131件(15.0%), A・B型同時検出が3件(0.3%), 陰性198件(22.6%) であった。2016年は, B型RSVが優位でピークは9月であった(図1)。このピークは, 感染症発生動向調査のRSV感染症のピークの10月とほぼ一致していた9)。2017年は, A型RSVが優位で, 我々の調査においても感染症発生動向調査と同様にピークは9月であった。通常, 11~12月頃が日本のRSV感染症のピークであるが, ここ2, 3年早まる傾向があり, 特に2017年はこれまでで最も早い9月にピークとなった。この流行早期化の原因は今のところ不明である。ウイルス学的な見地からは, G蛋白に変異はみられず, A型RSVはこれまでと同じON1遺伝子型, B型もBA9遺伝子型に属している(図2)。我々はG蛋白の第二可変部位のみ解析しているので, 第一可変部位やF蛋白に新しい変異が入り, 感染性が高まった可能性は否定できない。しかしながら, ウイルス変異以外に, 検査行動の変化等の他の原因も存在する可能性がある10)。熱帯・亜熱帯アジアでは, RSVは雨期に流行する11)。また, 我々は日本の夏期のRSV流行条件として, 気温が高いこと, 湿度が高いことが関わっていることを報告した12)。気候変動の影響や海外との往来の増加によるウイルス輸入の機会が増えていることなどが考えられるが, 今後, 検証が必要である。

謝辞:本調査は, 平成27~29年度厚生労働行政推進調査事業補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業) 「新興・再興感染症の発生に備えた感染症サーベイランスの強化とリスクアセスメント」(研究代表者:国立感染症研究所感染症疫学センター・松井珠乃)として行った。以下の先生方にご協力いただきました(敬称略)。日比野亮信, 小田切 崇, 菖蒲川由郷, 谷口清州, 西藤成雄, 田中敏博, 佐野康子, 永井崇雄, 長田伸夫, 冨本和彦, 加地はるみ, 中村晴奈, 青木才一志, 鈴木英太郎, 島田 康, 浜端宏英。

 

参考文献
  1. Agoti CN, et al., J Virol 89: 3444-3454, 2015
  2. Peret TCT, et al., J Gen Virol 79: 2221-2229, 1998
  3. Hibino A, et al., PLOS ONE 13: e0192085, 2018
  4. Shobugawa Y, et al., J Clin Microbiol 47: 2475-2482, 2009
  5. Dapat IC, et al., J Clin Microbiol 48: 3423-3427, 2010
  6. Eshaghi A, et al., PLoS ONE 7: e32807, 2012
  7. Trento A, et al., J Virol 89: 7776-7785, 2015
  8. Tsukagoshi H, et al., Microbiology and immuno-logy 57: 655-659, 2013
  9. 国立感染症研究所, 感染症発生動向調査 週報(IDWR) RSウイルス感染症 
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/7904-21rsv-2html
  10. Kanou K, et al., Jpn J Infect Dis 71: 250-255, 2018
  11. Tang JW, et al., Reviews in Medical Virology 24: 15-34, 2014
  12. Shobugawa Y, et al., Epidemiology and Infection 145: 272-284, 2017

 

新潟大学大学院医歯学総合研究科・国際保健 齋藤玲子
デンカ生研株式会社・研究開発センター
(新潟大学大学院医歯学総合研究科・国際保健) 田邊郁望

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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