国立感染症研究所

IASR-logo
 

ワンヘルスアプローチに資する環境薬剤耐性モニタリング

(IASR Vol. 40 p29-30: 2019年2月号)

臨床および家畜・農業分野における広範囲な抗菌薬の過剰使用によって, 多剤耐性菌の出現が懸念されている。環境に放出もしくは環境で薬剤選択された薬剤耐性菌はある頻度で検出されているが, 健康リスクを発生する具体的な環境条件を特定できているわけではない。一般市民が比較的接しやすい河川水やレクリエーション海域がひとつの調査対象であるが, これまで定量的なリスク評価は世界的にもごくわずかしかなく, 本邦の行政としても継続的なモニタリングは実施されていない。そこで, 2018 (平成30) 年度から厚生労働科学研究費研究班(代表:金森 肇)を軸にして, 各自治体(地方衛生研究所)から水再生センターの放流水を収集し, 内在する薬剤耐性(AMR)(細菌種・耐性因子)の特徴を把握する研究調査を開始した。本環境AMRモニタリングに先立ち, 東京都の河川および湾岸流域の下水放流水を事前調査したところ, マクロライドおよびβ-ラクタム耐性に係る因子等が検出され(), 人口密度に相関した検出率であった。

日本および台湾の下水処理場からIMP型カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌が分離され, そのゲノム情報を明らかにした報告1)や, 東京湾岸への放流水から分離されたKPC-2カルバペネマーゼ産生肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)のゲノム情報から中国分離ST11に分類される遺伝型であることが判明した報告例2)など, 少しずつ本邦の現況が明らかになりつつある。本邦ではKPC-2産生株の臨床報告はごくわずかであり, 実際, 環境水から感染し臨床症例に発展する危険性は極めて低いと想定される。しかしながら, 中国・米国ではKPC-2産生株は頻繁に臨床分離されるため近隣国との情報共有は不可欠であろう。2016リオ・オリンピックではセーリング会場で採取した海水から「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)」が検出され話題となった3)。CREは周辺の病院下水から湾へ流れ込んだと想定されており, 2020東京オリンピックにおいても十分な事前調査を実施すべきであろう。包括的な海外連携の取り組みとして, 世界保健機関(WHO)支援による下水流入水の薬剤耐性菌調査Global Sewage Surveillance Project(GSSP)が90カ国の参加の下で実施されている4)。GSSPではポリオ環境水サーベイランスと同様に流入水を調査対象にしているが, 環境AMRでは市民が接することで生じるリスクを評価するため, 処理済み放流水の調査がより適正だと考えている。

環境AMRがもたらす影響・対象について, 我々が着目すべきは臨床よりも市中の健常者だと考えられる。長期入院による抗菌薬治療・曝露だけでなく, 常に環境から影響を受ける健常者が,“どこで何をしたらキャリアーになるのか?”を追求する必要がある。飲料水の衛生が行き届かない国々への海外旅行による耐性菌キャリアーが懸念されており5,6), 環境AMRを紐解く一つのヒントになるかもしれない。今後, まだ正確に埋められていない分野(環境AMR)についてさらなるモニタリングを推進し, ワンヘルスを基盤とした総合的なAMR対策へ高度化していくことが肝要と考える。

謝辞:調査にあたり関係自治体, 下水処理場より多大なるご協力をいただき, 厚くお礼申し上げる。

 

参考文献
  1. Gomi R, et al., Antimicrob Agents Chemother 62(5): e02501-17, 2018
  2. Sekizuka T, et al., mSphere 3(5): e00314-18, 2018
  3. Montezzi LF, et al., Int J Antimicrob Agents 45(2): 174-177, 2015
  4. http://www.compare-europe.eu/Library/Global-Sewage-Surveillance-Project
  5. Nakayama T, et al., Infect Drug Resist: 391-395, 2018
  6. Woerther PL, et al., J Travel Med.(suppl_1): S29-S34, Review, 2017

 

国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター 黒田 誠

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version