川崎市における急性脳炎の発生状況―2007~2018年
(IASR Vol. 40 p96-97:2019年6月号)
わが国では, 2003年の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」の一部改正に伴い, 急性脳炎(以下, 脳症を含む)は5類感染症全数把握疾患に変更された1)。可能な限り病原体診断を行い報告することが求められているが, 必ずしも十分に実施されているとは言えず, 発生状況を正確に捉えていないことも多い。
川崎市では, 2007年以降は毎年届出があるが, 当初は検体が川崎市健康安全研究所(旧川崎市衛生研究所) へ搬入されず, 病原体が不明となるケースもあった。逆に無菌性髄膜炎等を疑い病原体サーベイランスの一環として定点医療機関から検体が搬入され, 後に急性脳炎と診断されたものの届出がなく, 病原体検索のみ実施したケースもみられた。川崎市における急性脳炎の発生状況を把握するため, 発生届に加え, 病原体検索のみを実施した急性脳炎症例の情報も収集し解析を行った。
対象と方法
2007~2018年に川崎市に届出のあった急性脳炎115件に, 病原体検索のみを行った急性脳炎13件を加え, 計128件を対象として, 年齢別, 性別, 発症年別の検査結果を解析し, 川崎市内の急性脳炎の発生数を全国の届出数と比較検討した。
川崎市における発生状況と届出の背景
対象128件の年齢中央値は5.5歳(0か月~84歳)で, 男75件, 女53件と男が多く, このうち15歳未満(男55件, 女38件)が計93件(72.7%)で, 15歳以上(35件)の2.7倍であった。特に5歳未満(男33件, 女28件)は61件と全体の47.7%を占めており, 1歳が23件と最も多かった。
2007~2009年までの3年間は届出数が年間1~2件で, 検体搬入はなかった(図1)。2010~2012年の届出数は2~3件であったものの, 同時期から届出とともに検体が搬入され病原体検索も実施されるようになった。2013年は届出9件(うち病原体検索実施7件)と病原体検索のみの3件を合わせて発生数は計12件となり, 2014年は届出14件(全件病原体検索実施)と病原体検索のみの5件を合わせて発生数は19件と著明に増加した。
この背景には, 2013年11月22日に発出された事務連絡「日本脳炎及び予防接種後を含む急性脳炎・脳症等の実態把握について」2)が影響していると推察される。事務連絡には, 地方衛生研究所(地衛研)等で可能な限り病原体検出を実施し, その費用は感染症発生動向調査事業負担金の対象となることが明記され, 検出や検査が困難な場合は研究班において詳細な解析を行うことができる旨が記載された。これを受けて, 川崎市では2013年12月5日に依頼文書を発出して市内の担当者に内容を周知し, 市の感染症発生動向調査委員会内で届出と検査の実施を改めて医療機関に依頼した。
2015年以降は, 医療機関で診断が確定した2件を除く全例の検体が当研究所に搬入され, 確実に病原体検索が実施されるようになり, 変動はあるものの発生数は年間おおむね20件前後で推移した。さらに, 2017年2月14日付けで事務連絡「急性脳炎等に係る実態把握について(協力依頼)」3)が発出され, 新たな研究事業の一つとして「エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究」(研究代表者:多屋馨子)を実施し, 引き続き原因不明の急性脳炎・脳症の病因解明を行う旨の依頼があったが, 発出前後で市内の急性脳炎発生数に大きな変化はなかった。
川崎市の届出割合からみた急性脳炎届出数の全国推計
過去12年間の川崎市の人口は全国の1.1~1.2%を維持しているが4,5), 市内の急性脳炎の発生数は2011年以降年々増加し, 対人口比も全国を上回って増加している(図2)。市内で周知され, 届出数が安定したと考えられる2015年以降の発生数(人口10万対)をもとに全国の届出数を推計すると, 1,167~2,471(平均1,698)件と実際の511~763(平均658)件の2.6倍(平均比較)となり, 把握されていない多くの脳炎症例が存在することが示唆された。川崎市での発生数が年間おおむね20件程度と考えると, 全国では年間1,600~1,700件程度の発生がみられると推定され, このうち15歳未満の割合が72.7%とすると, 15歳未満児の脳炎発生数は年間1,200件程度と推測される。やや古いデータではあるが, 小児の急性脳炎・脳症に関する本邦での全国規模の調査によると, 15歳以下の小児の急性脳炎・脳症は年間1,000例とされており6), 現在の川崎市における届出数は, 実際の発生数と大きな乖離はないものと考えられる。
病原体検索結果
対象とした128件中, 当研究所に検体が搬入され, 病原体検索を試みたのは118件であった。ヘルペスウイルスの検出にはmultiplex polymerase chain reaction(PCR)法で1~7型を検出した後にシークエンス解析を行い, エンテロウイルスは共通プライマーを用いたreverse transcription polymerase chain reaction(RT-PCR)法で確認した後にシークエンス解析で同定を行っている。その他, インフルエンザウイルス, パレコウイルス, RSウイルス, ロタウイルスなどはRT-PCR法で, アデノウイルスは共通プライマーを用いたPCR法で症状や状況に応じて検出を試みている。118件中, 病原体診断に至った38件のうち35件でウイルスが検出され, 17件がヘルペスウイルスに属し, 11件がインフルエンザウイルスであった。80件は最終的には原因病原体を確定できなかったが, 47件で何らかのウイルスが検出されており, うち37件はヒトヘルペスウイルスに属していた。
病原体の検出が困難な場合や, 検出されたウイルスが必ずしも病原体とは考えられない場合もあり, 今後の治療や予防・原因究明に役立てるためには, 正確な臨床情報と疫学情報のさらなる把握および病原体検索の実施, そして臨床・検査側双方のコミュニケーションが必須と考えられる。
参考文献
- 厚生労働省健康局長, 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律及び検疫法の一部を改正する法律等の施行について(施行通知), 平成15年11月5日, 健発第1105002号, 2003
- 厚生労働省健康局結核感染症課, 日本脳炎及び予防接種を含む急性脳炎・脳症等の実態把握について(事務連絡), 2013
- 厚生労働省健康局結核感染症課, 急性脳炎等に係る実態把握について(事務連絡), 2017
- 川崎市の世帯数・人口一覧,
http://www.city.kawasaki.jp/shisei/category/51-4-3-1-1-0-0-0-0-0.html - 「人口推計」(総務省統計局)
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html - 森島恒雄, ウイルス 第1号:59-66, 2009