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エンテロウイルス脳炎と検体採取について

(IASR Vol. 40 p107-108:2019年6月号)

エンテロウイルスとは 

エンテロウイルスは, 現在, 4つのspecies(Entero-virus A~D)に分類されており, ポリオウイルス1~3型, コクサッキーA群ウイルス, コクサッキーB群ウイルス, エコーウイルス, さらにエンテロウイルスD68(EV-D68)型以降も含め, 延べ100以上の型が報告されている(1,2)

エンテロウイルス脳炎の臨床検体 

エンテロウイルスは無菌性髄膜炎の主要な病原体であり, 重篤な急性脳炎(以下, 脳炎とする)発症にも関与することがある。病原体検出は脳脊髄液(髄液)を用いて行われることが多いが, 脳炎の多くは原因不明で, 原因が明らかにならない場合も多い3)。エンテロウイルスはウイルス性脳炎の主要な病原体のひとつであり, 適切な時期に適切な検体採取がなされることが病原体の同定には必須である。 

中枢神経疾患(脳炎, 無菌性髄膜炎等)の発症に関与するエンテロウイルスの臨床検体からの検出率は, ウイルス型ごとに大きく異なり, 髄液検体からのエンテロウイルスA71(EV-A71)の検出率は低いが, Entero-virus B(エコーウイルス, コクサッキーB群ウイルス)の多くは, 無菌性髄膜炎症例の髄液から高頻度に検出される4,5)。そのため, 急性脳炎を含めた中枢神経疾患症例からのエンテロウイルス検出のためには, 検出された場合に診断的価値の高い髄液だけでなく, 想定されるエンテロウイルス型を考慮した発症期検体の採取(糞便, 咽頭ぬぐい液)が必要とされる。エンテロウイルス急性脳炎の主要な原因ウイルスであるEV-A71の場合, 咽頭(発疹)ぬぐい液および糞便検体からの検出頻度が比較的高い4,5)。急性灰白髄炎を引き起こすポリオウイルス検出では, 糞便からのポリオウイルスの分離が世界保健機関(WHO)の標準法となっており6), ポリオ疑い症例(急性弛緩性麻痺)の場合には, EV-D68等他のエンテロウイルスの可能性も考慮した検体採取(糞便, 咽頭ぬぐい液, 髄液等)が必要とされる7)。 

さらに血清(血漿)と尿も確保することでエンテロウイルスの検出率を向上させると同時に, 血清(血漿)からのエンテロウイルス検出が可能であればウイルスが全身感染を引き起こしていた証拠を得ることができる。我々はPCRによるエンテロウイルス検査の結果, 他の検体からエンテロウイルスが陰性であった患者で尿検体のみ陽性となることを経験している8)。 

検体採取の時期, 検体採取の器材・方法 

脳炎患者が発生したら, できる限り早期に上記の検体を採取することが重要である。発症当日に臨床検体を確保するのが最も望ましい。発症から日数を経過して来院する場合, 来院当日の検体確保が望まれる。 

そのためには, 病院において脳炎患者からの検体採取に関して誰がどのように実施するかのマニュアルを整備しておくことが望まれる。脳炎患者からの病原体検出が成功している病院は, 検体採取に関する体制が整備されている傾向がみられる。咽頭ぬぐい液, 糞便, 髄液, 血清, 尿(5点セットと呼んでいる)の採取器材をセットとして自作している病院もあり, 何をどのように採取・保存すれば良いかが分かりやすい点で優れている。咽頭ぬぐい液を除いて, そのままチューブに保存すればよい。咽頭ぬぐい液は, 綿棒をチューブにそのまま入れて保存せず, 保存液(ウイルス安定化用)の入ったチューブを用いることが望ましい。保存液入りの容器が無い場合は生理食塩水などで代用する。細菌用の寒天培地を含む採取器材を用いると, エンテロウイルスの検査が困難になるので注意する必要がある。(「急性脳炎」は感染症法における5類感染症全数把握疾患である) 

検体の保管 

すぐに検査できる場合は凍結せずに, 冷蔵してそのまま検査に用いる。すぐに検査ができない場合は-70℃以下で保管する。検査に用いる量として最低200μLは必要であり, 余裕をみて250~300μLずつ分注して保管する方が良い。全体の容量が多い場合は小分けの分注量を多くする。尿は, 全体の容量から適宜, 分注する。糞便は採便容器を用いて採取すると便利である。検体間の汚染を防ぐため, 同一患者からであっても複数の検体を同時に分注作業してはならない。凍結融解により検査が困難にならないよう分注してウイルスを含む可能性がある臨床検体の凍結融解回数を少なくする。 

検 査 

エンテロウイルスの検査は, これまでウイルス分離および分離ウイルスの中和試験を用いることが多かったが, 近年は臨床検体から直接PCR―シークエンシング反応によりエンテロウイルスを検出・同定することも多くなった。 

発症後できる限り早期に採取された血清(急性期血清)と, 2週間以上経って採取された血清(回復期血清)で抗体価の検査が可能な場合は, 同時に検査した中和抗体価で4倍以上の上昇が確認されれば, その型のウイルス感染の間接的な証明となる。

 

参考文献
  1. ICTV, "Genus: Enterovirus", 2019
    http://www.picornastudygroup.com
  2. 清水博之, 日本臨床ウイルス学会編「ウイルス検査法 臨床と検査室のための手引き」春恒社: 147-156, 2018
  3. Tack DM, et al., Neuroepidemiology 43(1): 1-8, 2014
  4. 藤本嗣人ら, IASR 30: 10, 2009
  5. IASR 39: 89-90, 2018
  6. WHO: Polio laboratory manual, 4th edition, 2004.
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/68762/WHO_IVB_04.10.pdf?sequence=1&isAllowed=y
  7. 厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症及 び予防接種政策推進研究事業. エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究班:急性弛緩性麻痺を認める疾患のサーベイランス・診断・検査・治療に関する手引き
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/AFP/AFP-guide.pdf
  8. Chong PF, et al., Clin Infect Dis 66(5): 653-664, 2018

 

国立感染症研究所 感染症疫学センター
 藤本嗣人 花岡 希 小長谷昌未 高橋健一郎 多屋馨子
同 ウイルス第二部
 清水博之

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