国立感染症研究所

IASR-logo

アニサキス食中毒事例から摘出された胃寄生虫体の分子同定結果(富山県)

p>(IASR Vol. 41 p34: 2020年2月号)

アニサキス食中毒は, アニサキス科の寄生虫の幼虫が, 主に胃壁に刺入することで引き起こされる。本食中毒の病因物質は, アニサキス属およびシュードテラノバ属に分類される2属のアニサキス科線虫であると明記され, 前者はイルカおよびクジラが, また後者はアザラシなどの海生ほ乳類が終宿主の役割を果たし, その胃に成虫が寄生する。アニサキス食中毒は全国で発生を認め, 主要な病因物質はAnisakis simplexであるとされてきたが, 本虫は近年, 複合種として取り扱われ, 3種類の同胞種, すなわちA. simplex sensu stricto(狭義のA. simplex), A. pegreffii, A. berlandiに分類することが一般的となってきた1)。これらの中でも, A. simplex sensu strictoによりアニサキス食中毒を発症する症例が極めて多く, A. pegreffiiによる症例は少数に留まることが, わが国の患者を対象とした検討から分かっている(A. berlandiによる人体症例の記録はない)。アニサキス食中毒の病因となる食品は魚介類で, サバ(マサバとゴマサバの総称)である場合が最も多い。これ以外にもカツオ, サケ, サンマなど, 多種類の魚介類が病因食品として報告されている。中でもマサバに関しては, Anisakis simplexの寄生状況が同胞種レベルで詳しく調べられ, 太平洋を産地とするマサバにはA. simplex sensu strictoが多く, 東シナ海・日本海産のマサバには, A. pegreffiiが多いことが明らかにされている2)。また, A. simplex sensu strictoはA. pegreffiiに比べて, 漁獲後に鮮魚体内において, 内臓から筋肉へ移行する率が高く, アニサキス食中毒のほとんどがA. simplex sensu strictoを原因として発生する根拠と考えられている2,3)

従来, 富山県ではアニサキス食中毒に関する調査は, 積極的には実施されてこなかった。しかしながら, 全国でアニサキス食中毒の届出が増加するのと軌を一にして, 本県でもアニサキス食中毒が増加傾向を示した。そこで, 当研究所では患者から摘出されたアニサキスの分子同定を行政検査として実施した。本報告では, 2018年1~6月にかけて本県で発生したアニサキス食中毒事例に由来する虫体29隻のPCR-RFLP法4)による分子同定結果について報告する。各事例からは虫体が1隻ずつ検出された。原因食品として推定された魚種は, サバが10件と最も多く, 次いでカツオとアジが各2件, イワシとブリが各1件ずつであり, 不明が13件であった()。不明は, 複数の魚種が含まれていたため, 原因となった魚種を推定できなかったものであるが, うち7件はサバを含んでいた。病因物質となる虫体の同定結果は, 27件がA. simplex sensu stricto, 2件がA. pegreffiiであった。この2件のA. pegreffiiは, 県東部で近接する2軒の鮮魚店が5月下旬あるいは6月上旬に販売したアジの刺身に由来すると推定され, 同じ時期に同じ海域で漁獲されたアジが病因食品になったと考えられた。なおA. pegreffiiによる食中毒事例2件のうち1件は, 患者が腹痛の他に全身のかゆみと蕁麻疹症状を呈した。当該患者は以前にアニサキスを摂取し, 感作されていた可能性が考えられた。アニサキス食中毒の病因がA. pegreffiiであると確定された事例は極めて少なく4,5), 今回の報告は日本海の魚種とアニサキス食中毒の発生状況を解析するうえで, 貴重な情報になると考えられた。

 

参考文献
  1. 杉山 広, 日獣会誌 81: 581-586, 2018
  2. Suzuki J, et al., Int J Food Micorobiol 137: 88-98, 2010
  3. 鈴木 淳ら, 東京都健康安全研究センター年報 62: 13-24, 2011
  4. Umehara, A, et al., Parasitol Int 56: 211-215, 2007
  5. 鈴木 淳ら, IASR 38: 71-72, 2017
 
 
富山県衛生研究所
 綿引正則 内田 薫 金谷潤一 加藤智子 木全恵子 磯部順子 大石和徳
富山県厚生部生活衛生課 東崎香奈
富山県新川厚生センター 關口健治 堀田 和
国立感染症研究所寄生動物部 森嶋康之 杉山 広

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version