国立感染症研究所

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広島市で同時期に確認されたボツリヌス症2事例について

(IASR Vol. 33 p. 136-137: 2012年5月号)

 

2011年11月、広島市内で乳児ボツリヌス症と原因不明のボツリヌス症(成人)が続けて発生した。2事例ともに、ボツリヌス症が疑われたため、広島市衛生研究所で細菌学的検査を実施した。

事例1乳児ボツリヌス症
届出:2011年11月10日
症例:7カ月、男児
主訴:四肢脱力、活気低下
現病歴:2011年9月末頃より便秘傾向、10月1日から数日間、感冒症状があった。10月9日(第1病日)より哺乳低下、不機嫌の症状が出現。同日より座位保持も不可能となり、救急病院を受診。四肢の動きは活発であったが、体幹部優位の筋緊張低下を認め、第3病日になっても症状が改善しないため広島大学病院へ紹介入院となった。

既往歴:出生時、新生児一過性多呼吸で数日間NICUに入院歴あり。
入院後経過:臨床症状、頭部MRI 、脳波所見より脳炎脳症は否定的であった。各種検査を実施し、臨床症状および、テンシロンテスト、誘発筋電図検査所見より先天性筋無力症、または重症筋無力症の可能性が考慮されピリドスチグミンが投与された。投与開始後緩徐に症状の改善が認められたが、便の検査より、乳児ボツリヌス症と診断された。

入院当初は酸素投与が必要であったが、人工呼吸管理することなく第23病日には酸素投与不要となった。以後、誤嚥性肺炎予防に体位療法、リハビリテーションを行った。栄養は経鼻胃管からの注入により行われた。その後、四肢脱力、便秘、嚥下障害などの症状は徐々に改善。第40病日頃より少量(10~30ml程度)の経口哺乳も可能となった。下肢の抗重力運動は不可能であったが、上肢の動きは活発となり、状態が安定したため、第51病日に自宅(九州)の病院へ転院となった。

ボツリヌス毒素および菌の検査:2011年10月31日(第23病日)採取の便が同日搬入された。便懸濁液上清と増菌培養液についてマウス試験を実施し、増菌培養液にボツリヌスA型毒素を確認した。また、この増菌培養液からA型とB型の毒素遺伝子が検出された。

菌分離については、便懸濁液を直接分離培養したものでは菌分離できなかった。便増菌培養液からA型およびB型毒素遺伝子を保有するボツリヌス菌が分離された。B型遺伝子は発現されていない遺伝子(Silent gene)と考えられた。また、分離菌のboNT/A遺伝子クラスター型別結果は、サブタイプA1、ha・p47 遺伝子検出でクラスター3に分類された。

事例2原因不明のボツリヌス症(成人)
届出:2011年11月17日
症例:72歳、男性
主訴:眼瞼下垂、歩行時ふらつき
現病歴:2011年10月24日(第1病日)朝複視、歩行時ふらつきが出現し、A病院を受診し動眼神経麻痺を指摘され、頭部MRI 検査で異常所見なく、ステロイドの内服を処方された。帰宅後、両側眼瞼下垂、ふらつきの増悪、しゃべりにくさが出現し、同日夕方にB病院に救急搬送された。来院時両側眼瞼下垂。軽度の構音障害を認めたが十分に会話が聞き取れるレベルであった。四肢筋力は保たれており、四肢の運動失調を認めた。深部腱反射は正常であった。ギランバレー症候群疑いで、同日入院。第2病日呼吸状態が悪化し、広島大学高度救命救急センターに搬送された。

既往症:高血圧、脂質異常症。
食事歴:主な食事は魚料理中心であった。また、発症約1週間前に他の家族2名とともに真空パックの豚足を喫食していた。からし蓮根、グリーンオリーブ、食肉発酵食品等は喫食していなかった。
入院後経過:転院後自発呼吸困難の状態であったため、直ちに挿管、人工呼吸管理となった。転院当日眼瞼下垂のため全く開眼できず、眼球運動は両眼球とも若干内転が可能であるものの、ほぼ正中固定であった。ギランバレー症候群疑いとして、単純血漿交換、免疫グロブリン大量療法が施行された。第12病日に気管切開術が施行されたが、治療抵抗性であることなどからボツリヌス中毒の可能性を考慮し、第18病日抗毒素療法が施行された。便検査結果から、第24病日ボツリヌス症と診断された。四肢の腱反射も徐々に減弱・消失した。入院後四肢の筋力は徐々に低下し、ほぼlocked-inの状態になった。11月半ばより自発呼吸が出現。12月初めより徐々に四肢の筋力が改善し始めた。自発呼吸の換気量は徐々に増加してきているが、2012年3月現在も人工呼吸管理中である。

ボツリヌス毒素および菌の検出:患者の血清(第2・10・12病日採取分を混合)および便(第16病日採取)が11月8日に搬入された。血清、便懸濁液および便増菌培養液についてマウス試験を実施し、便増菌培養液からのみA型毒素が確認された。また、この便増菌培養液においてA型ボツリヌス毒素遺伝子が確認できた。

菌分離については、便懸濁液を直接分離培養したものでは、ボツリヌス菌を分離することはできなかったが、便増菌培養液からA型毒素遺伝子を保有するボツリヌス菌が分離された。また、分離菌のboNT/A遺伝子クラスター型別結果は、サブタイプA2、p47 遺伝子検出でクラスター2に分類された。

第46病日採取便の増菌培養液中にA型毒素遺伝子が確認され、抗毒素治療後約1カ月経ってもボツリヌス菌が便中に排菌されていることが推定された。しかし、第 170病日採取便からはA型毒素遺伝子は検出されなかった。

今回の2事例は、ともにA型毒素が検出されたが、共通に摂取した食品も無く、生活接点もないこと、検出された毒素遺伝子の型(事例1:A型およびB型、事例2:A型のみ)およびboNT/A遺伝子クラスター型(事例1:クラスター3、事例2:クラスター2)が異なることから、異なった感染源によると考えられた()。また、2事例とも保健所による調査が行われたが、感染源、感染経路の特定には至らなかった。

 参考文献
Umeda K, et al., Microbiol Immunol 54: 308-312, 2010

広島市衛生研究所
京塚明美 築地裕美 田内敦子 佐藤真帆 国井悦子 坂本 綾 伊藤文明 橋本和久 笠間良雄
広島大学病院小児科
小林良行 藤井裕士 石川暢恒 川口浩史 中村和洋 小林正夫
広島大学脳神経内科
藤井裕樹 上野弘貴 中村 毅 山脇健盛 松本昌泰

 

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