国立感染症研究所

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E型ボツリヌス毒素産生Clostridium butyricumによる乳児ボツリヌス症の1例

(IASR Vol. 37 p. 55-56: 2016年3月号)

はじめに
乳児ボツリヌス症はわが国では1986年の初めての報告例から、現在までに本症例を含め32例の報告がある稀な疾患である。その中でもE型毒素が原因であったものは1例のみ確認されている。今回2015年9月に、急速に呼吸不全・弛緩性麻痺が進行したが短期間で改善した、国内では2例目となるE型ボツリヌス毒素産生Clostridium butyricumによる乳児ボツリヌス症が発生したので報告する。

症 例
8か月女児。意識障害、呼吸不全のため当院紹介、救急搬送となった。出生歴、成長・発達歴、既往歴、家族歴に特記すべきことなし。栄養は母乳と離乳食。はちみつ摂取なし。当院搬送日の朝から突然哺乳が上手くできなくなった。昼からはいはいができなくなり、意識レベルの低下も出現したため前医を受診。意識障害と下顎呼吸を認め、集中治療目的に紹介となった。

入院時所見
体温 36.0℃、血圧 109/71mmHg、脈拍 156回/分、SpO2 70%(room air)。ぐったりして不活発、下顎呼吸を認めた。表情筋や四肢の動きは乏しく、眼瞼下垂を認め、瞳孔は散大し、両側対光反射は緩慢であった。四肢の腱反射は消失していた。血液検査、尿検査、頭部CT検査、髄液検査で異常を認めなかった。胸腹部レントゲンでは大腸ガスの増加を認めた。

入院後経過
意識障害と下顎呼吸、弛緩性四肢麻痺を認め、入院後すぐに気管内挿管を施行し人工呼吸器管理を開始、PICU(小児集中治療室)で集中治療を行った。中枢神経感染症、代謝疾患の可能性を考慮し、セフトリアキソン、アシクロビル、ビタミン類、L-カルニチンの投与を開始した。ギランバレー症候群を疑い第2~3病日にガンマグロブリンの投与を行った。第4病日から腱反射の改善を認め、第5病日にはMMT 3程度まで筋力回復。呼吸筋機能も回復し、第6病日に抜管できた。第7病日に座位可能、第8病日から経口哺乳が可能となり、第10病日につかまりだちが可能となった。軽度の筋力低下と対光反射の緩慢さは残存するものの、全身状態良好のため第13病日に退院となった。第20病日に外来にて筋力と対光反射の正常化を確認した。

細菌学的検査
第2病日に採取された血清および便検体について以下の検査が行われた。

血清および便検体における検討:血清および便希釈液上清を用い、マウス法でボツリヌス毒素の検出を試みたが、何らかの原因で接種したマウスが全頭死亡したため判定不能であった。便検体を卵黄加変法GAM寒天培地、卵黄加CW寒天培地、卵黄加ブルセラHK寒天培地にそれぞれ接種し、発育したコロニーを観察したが,ボツリヌス菌が疑われるコロニーは確認できなかった。また、便検体から直接DNAを抽出し、ボツリヌスA型~F型毒素遺伝子を検出するPCRを行ったが、いずれも陰性であった。

便検体の増菌培養液における検討:便検体をブドウ糖・デンプン加クックドミート培地に接種し、①非加熱、②60℃15分、③80℃15分の加熱処理をした後、37℃で培養した。各々の培養液からDNAを抽出し、PCRによりA型~F型毒素遺伝子の検出を行ったところ、すべての培養液においてE型毒素遺伝子が検出され、並行して行ったラテックス検査もE型抗毒素と凝集を示した。さらに、マウス法を実施したところ、E型抗毒素で中和した群および培養液上清を100℃10分で加熱した群は生存し、培養液上清をそのまま接種した群は死亡した。

その後、残っていた患者血清および便希釈液上清においてラテックス検査を実施したところ、E型抗毒素で凝集が確認された。本血清および便希釈上清の残量が少量であったためマウス法の再実施はできなかった。

E型ボツリヌス毒素産生菌株の分離:上記ブドウ糖・デンプン加クックドミート培養液を、前述の卵黄加寒天培地に接種し37℃で嫌気培養したところ、ボツリヌス菌の特徴である真珠様光沢が確認できない(リパーゼ陰性)コロニーが認められた(図1、卵黄加ブルセラ HK寒天培地上のコロニー)。無作為に計32コロニーを選択し、5コロニーずつプールしてA型~F型毒素遺伝子のPCRを実施したところ、すべてのプールにおいてE型毒素遺伝子陽性であった。次に個別のコロニーにおいて毒素遺伝子のPCRを行ったところ、32コロニー中19コロニーがE型毒素遺伝子陽性であった。PCR陽性19株より選んだ2菌株について、ラテックス検査およびマウス法を行い、本2菌株がE型毒素を産生することを確認した。

分離菌株の同定:分離されたE型毒素産生菌株をグラム染色したところ、芽胞が中央~端在性に存在し、グラム陽性および陰性に染色される菌体が混在していた(図2)。簡易同定キット(アピケンキ)を使用し、生化学的性状により同定を試みたところ、Clostridium beijerinckii/butyricumという結果が得られた。2菌種を明確に区別する生化学性状は乏しく、glucose-mineral salts-biotin (GMB)1)培地等を用いた判定を試みたが明確な結果は得られなかった。次に、この2菌種を判別するPCR2)、および16S rRNA遺伝子の塩基配列解析を行い、その結果からClostridium butyricumと同定した。

考 察
本症例では、明らかな感染原因は特定できなかった。これまでに報告されている乳児ボツリヌス症と比較して、便秘を認めず、症状の出現や改善の経過が急激であったが、典型的な経過でなくてもボツリヌス症は急性の弛緩性麻痺では鑑別に上げる必要があると考えられた。良好な経過には早期のガンマグロブリンが有効であった可能性も考えられた。

乳児ボツリヌス症は稀な疾患であり、本症例はその中でも非常に検出例の少ないE型毒素産生性のClostridium butyricumによる感染であったため、特に分離菌株の同定が容易ではなかった。本症例での検査では、便検体を増菌培養したクックドミート培地からのPCRによるボツリヌス毒素遺伝子検出が解析の手がかりとなった。

 
参考文献
  1. Anaerobe Laboratory Manual 4th edition, 1977
  2. Cremonesi P, et al., Journal of Dairy Research 79: 318-323, 2012

松戸市立病院小児医療センター小児科
  池田健太 大林浩明 山下由理子 塩田 惠 三好義隆 三平 元 森 雅人 津留智彦
千葉県衛生研究所細菌研究室
  菊池 俊 横山栄二 橋本ルイコ 安藤直史 平井晋一郎

 

 

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