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熊本県で発生した原因不明ボツリヌス症について

(IASR Vol. 34 p. 112-113: 2013年4月号)

 

2012(平成24)年6月、熊本県南地域でボツリヌス症疑いの患者が発生した。管轄保健所経由で搬入された患者の臨床検体等を当所で検査したところ、糞便からA型毒素産生性ボツリヌス菌が検出された。国内におけるボツリヌス症の発生件数は少なく、貴重な症例であるため本事例の概要を報告する。

症 例
患者は76歳の男性で、既往歴は特段なく健康であったが、2012年6月14日、初期症状として腹痛、嘔気・嘔吐を呈し、近隣の医療機関を受診した。翌15日、腹部の症状は改善したものの、両上肢の麻痺や複視、嚥下障害や言語障害が出現した。さらに翌16日も神経症状が続いたため、総合病院へ入院となった。総合病院では、複視、構音障害、嚥下障害、左上下肢の失調症状および右上肢の軽度麻痺や拮抗障害等が確認されたことから左脳幹部の梗塞が疑われ、入院加療が開始された。その後、嚥下障害や構音障害が徐々に増悪し、18日には眼瞼下垂も出現した。これらの臨床症状および20日に実施されたMRI検査や髄液検査等の所見から脳梗塞、重症筋無力症およびギランバレー症候群は否定的となり、ボツリヌス症の可能性が考えられたため、21日に当所へ細菌学的検査が依頼された。同日、患者に対し、ボツリヌス抗毒素血清が投与されたが、一時呼吸停止となり人工呼吸器が装着された。また翌22日に2回目のボツリヌス抗毒素血清が投与され、自発呼吸や動きがみられるなど一時回復傾向にあったが、その後容態が急変し死亡した。

材料と方法
6月20日に採取され、21日に当所へ搬入された患者検体(血清、糞便)を検査材料とし、血清からのボツリヌス毒素検出と、糞便からのボツリヌス菌の分離を行った。すなわち患者血清中の毒素の確認として、0.5mlをマウス(ddY、4週齢、雄)の腹腔内に投与し、マウスの症状を観察した。糞便はゼラチン希釈液で10倍乳剤とし、60℃・15分、80℃・30分で加熱処理したもの、および未処理のものをそれぞれ卵黄加変法GAM 寒天培地、卵黄加CW寒天培地および強化クックドミート培地に接種し、嫌気培養を行った。併せて、便1g中の菌数を測定した。また、後日搬入された家族の糞便についても同様の検査を行った。

ボツリヌス菌の分離は以下のように行った。まず糞便検体を一夜培養した分離平板からスイープPCR法1)によりA型、B型、C型、D型、E型、F型毒素遺伝子の検査を行った。いずれかの毒素遺伝子が検出された場合、リパーゼ反応陽性のボツリヌス菌様集落を釣菌し、単独コロニーについてPCR法で毒素遺伝子を確認した。毒素遺伝子が確認された分離株の毒素産生試験および中和試験は、強化クックドミート培地培養液の遠心上清を、無処理、100℃・10分処理、A型抗毒素処理およびB型抗毒素処理したものについて、マウス試験で判定した。また、同時に同分離株の生化学的性状検査を実施した。

結果および考察
患者血清中からボツリヌス毒素は検出されなかった。患者糞便を直接接種した分離平板からスイープPCR法で、A型およびB型の毒素遺伝子が検出された()。そこで、分離平板上のボツリヌス菌様集落を釣菌し、再度PCR検査を行ったところ、A型およびB型の毒素遺伝子が検出された。この株の培養液を用いてマウスによる中和試験を行ったところ、無処理およびB型抗毒素処理検体投与マウスはボツリヌス毒素特有の症状を呈して死亡した。一方、100℃・10分処理およびA型抗毒素処理検体を投与したマウスは生存した。このことから、今回の事例の原因菌はA型毒素産生性ボツリヌス菌で、サイレントのB型毒素遺伝子を保有していることが判明した。また、同株の生化学的性状検査結果から、蛋白分解性のI群菌と同定された()。なお、患者便中のボツリヌス菌数は、2.0×105cfu/gであった。

保健所の調査では、患者は日頃から家族と同じ食事を摂っていたが、家族に症状はなく、糞便検査でボツリヌス菌は検出されなかった。患者だけが発症日前々日に市販のパック詰めカレーを食べたということであったが、残品がなく検査は実施できなかった。しかし、同時期にボツリヌス症の発生報告がなく、このカレーが原因とは考えにくい。また、ハウスダストや土壌等の環境からの感染も考えられたが、原因究明までには至らなかった。

 

参考文献
1)藤永由佳子,日本細菌学雑誌 51(4): 1058-1060, 1996

 

熊本県保健環境科学研究所 古川真斗 徳岡英亮 原田誠也
熊本県八代保健所 髙本芳寿 椎葉加奈 濱本 愛
健康保険熊本総合病院 天野朋子 木下まり

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan