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宮崎県で発生したClostridium butyricumによるボツリヌス症について

(IASR Vol. 35 p. 159-160: 2014年6月号)

2014年2月、宮崎県で約30年ぶりとなるボツリヌス症例が発生した。分離された菌は報告の少ないE型毒素産生性Clostridium butyricum であったことから、その概要を報告する。

経 緯
患者は19歳男性で既往歴、家族歴等、特記すべき事項はなく海外渡航歴もなかった。2014年2月に腹痛、その後水様性下痢が始まった(第1病日)。発症3日後に近医を受診して整腸剤、抗菌薬が処方されたが症状の改善はなかった。その後、腹痛は軽減したが全身倦怠感が出現し、第6病日の朝より嘔気・嘔吐、しゃべりにくさ、呼吸困難、二重に見えるなど神経症状があったことから、ボツリヌス症が疑われ当科入院となった。なお、周囲で同様の症状を訴える人はいなかった。入院後翌日、患者の四肢筋力は明らかに改善し、複視、球麻痺、呼吸困難も遷延しなかった。第8病日、下痢から一変して頑固な便秘(麻痺性イレウス)となった。また、神経伝導検査における反復刺激で漸減あり、臨床像や検査結果がボツリヌス症と矛盾しないため治療としてABEF型混合乾燥ボツリヌスウマ抗毒素1バイアルの点滴静注を行った。検査材料として血液を提出した。また、翌日、インカルボン坐剤使用により排便があり、便の検査を依頼した。18病日には患者の症状は改善し、退院となった。なお、ボツリヌス毒素産生菌が長期にわたり排菌される可能性があることから、退院後定期的に検便を行い、菌陰性を確認することとした。

細菌学的検査
9病日に採取された便は淡黄色で粘稠性のあるゼリー状便であった。なお、過去に宮崎県で発生したボツリヌス症事例でグリセリン浣腸液がマウスに対して毒性を示すことが記録されており、マウス試験に際し採取便にグリセリンが含まれていないことを確認した。  

検査はボツリヌス菌に加え、通常の食中毒起因菌およびウイルス学的検査としてノロウイルス、ロタウイルス、エンテロウイルス、アデノウイルス等の検査も実施した。

ボツリヌス毒素および菌の検査は国立感染症研究所のマニュアルに準じて行った。直接法では血清および便から毒素は検出されなかった。直接平板培養でもボツリヌス様のコロニーは認められなかったが、増菌培養した培地からE型毒素およびE型毒素遺伝子が検出され、かつ、増菌後に塗抹した卵黄加GAM、CW寒天培地上でリパーゼ反応を示すコロニーが認められなかったことから、C. butyricumを疑った。  

増菌培養の夾雑菌を抑えるのにエタノール処理が有効であった。エタノール処理後、得られたコロニーはC. boturinumとは形状の異なるラフ型白色コロニー、芽胞を有する桿菌で(図1、2)、釣菌したコロニーにおいてE型毒素産生性およびE型毒素遺伝子が認められた。また、生化学性状等からC. butyricumと同定された。なお、増菌培養後に分離された他のクロストリジウム属菌についてもマウス試験を実施したが毒素は確認されず、他の食中毒起因菌、検査を実施したウイルスもすべて陰性であった。

原因食品検索のため、本人のみ食べていたハチミツ、ジャムの検査を国立医薬品食品衛生研究所で、自宅の冷蔵庫に残っていた食品・食材11品目の検査を宮崎県衛生環境研究所で行ったが、感染源は特定できなかった。また、退院時(18病日)の便からE型毒素産生性C. butyricumが分離されたが、37病日の便からは分離・検出されず、菌陰性化が確認された。

まとめ
約30年ぶりに宮崎県で発生したボツリヌス症はC. butyricumによるものであった。E型毒素による食餌性ボツリヌス症では、いずしを含む魚肉発酵食品を原因とする場合が多いが、C. butyricumによるボツリヌス症では植物性食品を原因とする報告もあることから1)、食中毒を疑う場合にはこれらの疫学情報も収集する必要があると考えられた。

今回の事例では患者は後遺症もなく軽快退院となったが、海外では死亡例も報告されており2)、E型毒素が検出された場合は注意すべき菌種と考えられた。また、ボツリヌス菌が二種病原体となり、検査できる機関も限られていることから、事例が発生した場合には関係機関と連携しながら迅速に対応していくことが重要だと思われた。

 
参考文献
  1. Ghoddusi HB, et al., ISRN Microbiol 2013; 2013: 731430
  2. Chaudhry R, et al., Emerg Infect Dis 4(3): 506-507, 1998

県立宮崎病院神経内科 田代研之 湊 誠一郎
宮崎県衛生環境研究所 吉野修司 永野喬子 黒木真理子
宮崎市保健所 伊東芳郎 中森 愛 中武 浩 小牧 誠

 

 

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