印刷
IASR-logo

Brucella melitensis 感染症と診断されたソマリア人男性の1例

(IASR Vol. 36 p. 195-196: 2015年10月号)

このたび我々は発熱と関節痛、背部痛で当院に受診し、Brucella melitensis 感染症と診断されたソマリア人男性を経験したので報告する。

症例 51歳男性 ソマリア人
2015年6月17日から2カ月程度滞在予定で来日したが、入国時から腹部膨満と左側腹部痛があったために職場の医務室を受診して対症的に内服加療を受けていた。6月25日頃から体熱感と関節痛が増悪し、38℃台の発熱が続くとして近医で、レボフロキサシン500mgを処方され、6月27日当院紹介受診となった。来院時発熱と左背部痛および左腰背部叩打痛を認め、ソマリアからの渡航者のためギムザ染色およびマラリア迅速検査(BinaxNOW® Malaria)を施行したがいずれも陰性であった。問診では本患者はソマリアでラクダの肉や乳、チーズなどを摂取する機会があったことがわかった。採血ではWBC 12,200/μl(Neut 62.4%)、CRP 8.96 mg/dlと高値、尿検査では尿中亜硝酸-、尿白血球反応2+であったが、尿中にグラム陰性小桿菌が多数確認され、超音波検査でも左水腎症を認めた。CT検査では左腎結石、左腎盂腎杯の拡張があり、左腰背部痛は腎盂腎炎によるものと考えられた。以上より当初は一般細菌による腎盂腎炎として尿・血液培養施行の上でレボフロキサシン500mgの処方を継続し帰宅となっていた。6月29日に再受診の際には解熱し症状は消失傾向であったが、採血でCRP 9.93 mg/dlと改善を認めていなかった。

月27日に当院にて提出されていた血液・尿培養からはいずれも小型のグラム陰性桿菌が検出されていたが、検出に時間がかかり、院内微生物検査室でのIDテスト・HN-20ラピッド(日水製薬株式会社)を用いた同定でも確定し得なかった。渡航歴および生活歴からブルセラ症を疑い、国立感染症研究所に菌株を提出したところ、PCR検査にてB. melitensis と診断され、抗体検査はB. abortus 抗体80倍(ブルセラ・アボルタス菌液:農業・生物系特定技術研究機構製)、B. canis 抗体20倍(ブルセラ・カニス菌液:化学及血清療法研究所)であった。 B. abortus の菌液はB. melitensisB. abortusB. suis に対する抗体とも反応するため、PCRの結果も踏まえてB. melitensis 感染症の診断を得た。治療はDoxycycline(200mg/day)に加えてGentamicin(5mg/kg)の治療を導入し、経過良好である。また、本症例に関して検査技師4名がエアロゾル吸入曝露者としてDoxycyclineおよびRifampicinの3週間の予防内服を必要とし、医師4名が6週間の検温による健康観察を必要とした。

ブルセラ症は家畜を中心として世界でも最も知られている人獣共通感染症の一種であり、地中海沿岸の国々を始めとして、中東、中南米、アジアの一部などを中心に発生の報告がある。日本では感染症法で届出疾患となった1999~2014年まででも30例の報告のみであり、国内では極めて稀な疾患とされる。ブルセラ属菌においてヒトへの感染性を示すと言われているものはB. melitensis(自然宿主:ヤギ、ヒツジ、ラクダ)、B. abortus (ウシ、ラクダ、バイソン)、B. suis (ブタ、げっ歯類)、B. canis (イヌ)の4種類である1)

ブルセラ症は極めて多彩な症状をきたす疾患とされており、1~4週間の潜伏期の後に発熱、倦怠感を中心として肝腫大、脾腫、関節痛、リンパ節腫脹などで発症する。合併症としては骨関節症状が最も多く、神経症状、消化器症状、感染性心内膜炎、睾丸・副睾丸炎、肺炎、皮膚症状なども報告されている。また、不十分な治療、不適切な抗菌薬使用などから5~15%の症例に再発をすると言われる2)

泌尿生殖器症状として発症するブルセラ症の報告は2~20%前後3)とされ、男性はほとんどが睾丸・副睾丸炎であった4) 。本症例は男性での腎盂腎炎として発症しておりブルセラ症としては稀と考えられた。

治療は一般的にはDoxycycline(200mg/日)の6週間の内服に加え、最初の14~21日間はStreptomycin(1g/日)筋肉注射を併用することが推奨される。Streptomycinの代わりにGentamicin(5 mg/kg)を7日間併用するという方法もある。

菌体に汚染された未殺菌の乳製品、肉などの摂取の他に、動物の解体、菌体を含んだエアロゾルの吸入などから感染すると言われており、獣医師、畜産農家、検査技師などはリスクが高い。 ブルセラ属菌は検査室感染の多い菌として知られ、アウトブレイクの報告も散見されており、現在本邦ではブルセラ症検査マニュアル5)が作成されている。培養でも検出が遅れることが多いとされ、当初よりブルセラ症が疑われる場合は、検査室での培養を予め延長しておく必要がある。

また、ブルセラ症の検査室内でのアウトブレイクに関しては、原因として多くの場合、当初からブルセラ症を疑わなかったことにあるとされている。流行地への渡航歴がある、またはハイリスクの曝露のある職業の患者において原因不明の発熱、関節痛などを主訴に来院し、培養検体からグラム陰性小桿菌が遅れて検出された場合には、本疾患としての感染対策を考慮すべきという報告6)もあり、医療従事者のリスクという点からも早期から鑑別に入れる必要があると考えられた。

 
参考文献
  1. 今岡浩一,モダンメディア55巻3号, 2009
  2. Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and  Practice of Infectious Diseases, 8th edition
  3. Bosilkovski M, et al., Int J Infect Dis, 2007 Jul; 11(4): 342-347, Epub 2007 Jan 22
  4. Qehaja-Bu?aj E, et al., The Internet Journal of Infectious Diseases, 2014 Volume 14 Number 1
  5. ブルセラ症検査マニュアル, 国立感染症研究所  
    http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/brucellosis_2012.pdf
  6. Brucellosis - USA: (NY) imported, laboratory  Exposures, ProMED-mail 2015-07-21 21:00:48,  Posted by Ackelsberg J, Rakeman J, on Fri 17 Jul  2015

国立国際医療研究センター病院
  国際感染症センター
     武藤義和 山元 佳 橋本武博 片浪雄一   忽那賢志 竹下 望 早川佳代子 金川修造   大曲貴夫 加藤康幸    
国立感染症研究所獣医科学部 今岡浩一

 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan