国立感染症研究所

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新規ブルセラ属菌によるブルセラ症と診断された日本人男性の一例

(IASR Vol. 39 p84-86: 2018年5月号)

今回, 急性腎障害にて当科を受診し, 血液培養により既知のブルセラ属菌ではないブルセラ属菌感染症と診断された海外渡航歴のない日本人男性の症例を経験したので報告する。

症例:64歳 男性 日本人

既往歴:高血圧, 2型糖尿病(顕性腎症あり, 普段の血清クレアチニン値は1.5-2mg/dL程度)

背景:以前はトラック運送業に従事していたが現在無職。海外渡航歴なし。輸入食品の喫食歴なし。自宅は山奥にあり, 野生動物が敷地内に侵入することはあるが, 直接の接触はなし。ネコ・鶏を飼育。

現病歴:2017年4月上旬より食欲不振。同下旬より39℃を超える間欠熱が1週間程度持続。5月26日の糖尿病内科定期外来受診時に肝逸脱酵素の上昇を認めたが, 自覚症状に乏しく経過観察。6月2日に悪寒, 戦慄を自覚。16日の再診時に尿素窒素105mg/dL, 血清クレアチニン12.39mg/dL, 尿蛋白(3+), 尿潜血(3+) と腎機能の急速な悪化が認められ, 急性腎障害による尿毒症の診断で当科に入院。

入院後経過:入院当日に血液培養を2セット採取のうえ, 血液透析を導入した。第4病日に腎生検を施行した。第5病日に血液培養2セット4本のうち1本の好気ボトルから小型のグラム陰性桿菌(GNR)が検出された。再度血液培養を2セット採取の上, セフォペラゾン・スルバクタムの投与を開始した。第8, 11病日に採取した血液培養でも同様の小型のGNRが同定され, 抗菌薬をピペラシリン・タゾパクタム+ゲンタマイシンに変更した。第14病日の血液培養で初めて陰性化を確認した。分離菌の16s rRNA解析を検査機関に依頼したところ, Brucella sp.と判定された。ブルセラ症が疑われたことから, 第23病日よりドキシサイクリン+リファンピシン+ゲンタマイシンによる治療を開始した。しかし副作用としての消化器症状が強く出現し, 第27病日よりリファンピシンの内服は中止した。ドキシサイクリンを計6週間投与し, 治療を終了した。なお, 腎生検の結果から, 当該菌感染に合併した腎炎と診断した。患者にはブルセラ症の再燃は認められていないが, ブルセラ症の治療後も腎機能は回復せず, 維持透析導入となっている。なお, 同居の妻には何ら感染の兆候は認められていない。

一方, 確定診断のため, 7月13日に行政検査として国立感染症研究所に検体(急性期血清, 分離菌株)を送付した。抗体検査ではB. abortus抗体160倍(陽性), B. canis抗体20倍(陰性)と, 家畜ブルセラ属菌(B. abortus, B. melitensis, B. suis)感染を示唆した。また, 菌種鑑別用のPCR検査1)でも, B. suisのパターンを示したことから, B. suis感染が疑われた。しかしながら, B. suisは国内の家畜ではすでに清浄化2)しており, 患者には渡航歴もないことから, さらに精査が必要と考えられた。そこで, 16S rRNA遺伝子配列および9座連結配列(MLSA)3)による系統樹解析()を行った。その結果, 当該菌株SCH17はB. suis biover 5と近縁なブルセラ属菌ではあるが, これまでに報告されていない新菌種であることが明らかとなった。そこで, 当該菌株の感染経路等を検討するため, 患者への聞き取りと自宅周辺より土壌, 鶏舎糞, シカ糞等を採取し培養を行ったが, ブルセラ属菌およびその遺伝子は検出されず, 感染経路の特定には至らなかった。

考察:ブルセラ症は, 無症候性から重症もしくは致命的な病状まで, 臨床的に幅広いスペクトルを有する全身感染症である。急性ブルセラ症は, 通常1~4週間の潜伏期の後, 発熱, 関節痛, 筋肉痛, 腰痛, 倦怠感, 頭痛, めまい, 食欲不振など非特異的な身体所見を呈する4)。本症例は, ブルセラ症によくみられる間欠熱から始まり, 糸球体腎炎・尿毒症を呈するに至った。ブルセラ症の局所病巣感染は, 脊椎炎などの筋骨格系への感染が最も多いが, 泌尿生殖器系も2~20%でみられる。男性では精巣炎や精巣上体炎が最も一般的であるが, 糸球体腎炎も報告されており4,5), 本症例はこれに合致する。

ブルセラ属菌は感染動物の加熱(殺菌)不十分な乳・チーズなど乳製品や肉の喫食による経口感染が最も一般的である。家畜が流産した時の汚物・流産仔への直接接触, 汚染エアロゾルの吸入によっても感染する4,6)。また, 安全キャビネットが一般的になるまでは, 検査室・実験室内感染が最も多い細菌として知られていた7)。本症例でも安全キャビネット外での検体の取り扱い等により検査担当者3名に対して, ドキシサイクリン+リファンピシンの3週間の予防投薬と, 0, 6, 12, 18週間の血清抗体フォローを実施することになった。

今回患者より分離されたブルセラ属菌は, 遺伝子解析により, 自然宿主をげっ歯目とするB. suis biover 5と近縁であることが示され, 既知のブルセラ属菌ではないことが明らかとなった。患者に対する喫食歴, 動物との接触歴などの聞き取りや, 自宅周辺調査からは感染経路や保菌動物を明らかにすることはできなかったが, B. suis biover 5が自然宿主をげっ歯目とすることから, どこかに当該菌を保菌するげっ歯目が生息し, これと接触した可能性も考えられる。宿主動物や感染経路に関して, さらなる調査が必要である。

なお, 本菌による感染症は届出基準(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-28.html)に合致しないため4類感染症には該当しない。

 

参考文献
  1. Imaoka K, et al., Jpn J Infect Dis 60: 137-139, 2007
  2. 星野尾歌織, IASR 33(7): 191-192, 2012
  3. Whatmore AM, et al., BMC Microbiol 7: 34, 2007
  4. Brucellosis in humans and animals, WHO, 2006, WHO/CDS/EPR/2006.7
    http://www.who.int/csr/resources/publications/deliberate/WHO_CDS_EPR_2006_7/en/
  5. Bosilkovski M, et al., Int J Infect Dis 11(4): 342-347, 2007
  6. Pappas G, et al., N Engl J Med 352(22): 2325-2336, 2005
  7. Pike RM, Health Lab Sci 13(2): 105-114, 1976

 

佐久医療センター
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