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<速報> チクングニア熱の輸入症例―千葉市

(掲載日 2012/8/7 一部修正 2012/9/5)

 

ベトナム、カンボジア、タイに滞在し、帰国後に発熱、発疹、関節痛を認め、チクングニア熱と確定診断された輸入症例について報告する。

患者は千葉市在住33歳の日本人女性であり、観光のため2012年7月3~ 6日までベトナム、6~10日までカンボジア、10~13日までタイに滞在し、7月13日に帰国した。旅行中は宿泊先において蚊に刺されている。7月10日頃から軟便の症状を呈し、帰国後の7月14日から発熱、水様性下痢の症状が出現し、同時に全身性の発赤~発疹程度の紅斑、筋肉痛、関節痛を認めた。7月15日に市内医療機関を受診し、胃腸炎の診断により抗菌薬を処方されたものの、40℃台の発熱が遷延したことから、17日に千葉市立青葉病院を受診した。

受診時の主訴は、40℃台の高熱と全身倦怠感、両手首と両膝の関節痛、および両大腿部の筋肉痛であり、明らかな関節腫脹は認められなかった。7月17日の血液検査において、WBC 3,170/μl、RBC 476万/μl、Hb 12.6 g/dl、Plt 22.2万/μl、CRP 0.7 mg/dl、AST 22 U/l、ALT 14 U/lであり、軽度の白血球数の減少が認められた(その後、白血球数は7月20日で2,800/μlとさらに減少し、27日に5,810/μlと正常値まで回復した)。また、マラリア原虫塗抹検査は陰性、血液培養によりSalmonella TyphiとS. Paratyphi Aも検出されなかった。患者の臨床症状、血液所見、および海外渡航歴から、デング熱、もしくはチクングニア熱が強く疑われた。

7月17日に採取した血清(3病日目)についてデング熱、およびチクングニア熱の遺伝子検査を実施した。デングウイルス特異的型共通プライマー(Dus、Duc)を用いたConventional RT-PCR法(デングウイルス感染症診断マニュアル)により、ウイルス遺伝子は検出されなかった。また、免疫クロマトグラフィー法(Dengue Duo Cassette:Panbio社)においても、デングウイルスに対するIgM抗体、およびIgG抗体は検出されなかった。

一方、チクングニアウイルス特異プライマー(Chik10294s、Chik10573c)を用いたConventional RT-PCR法(チクングニアウイルス検査マニュアル)により300bpのバンドが増幅され、ダイレクトシークエンスによりPCR産物の塩基配列を解析した結果、チクングニアウイルス遺伝子であることが確認された。

以上の臨床症状、ならびに遺伝子検査の結果により、本症例はチクングニア熱の輸入症例であると確定診断された。また、患者は発熱、全身倦怠、関節痛、筋肉痛の他に、水様性の下痢を併発していたが、便培養によりCampylobacter jejuni が検出されたことから、7月10日頃から始まった一連の胃腸炎症状は当該菌によるものと推定された。なお、7月27日の時点で患者における関節痛等の症状は消失し、回復している。

チクングニア熱の潜伏期間は3~7日で、患者の多くは発熱、全身倦怠、頭痛、筋肉痛、発疹、関節痛等の症状を呈するが、臨床症状のみではデング熱との鑑別が困難であり、東南アジアにおける流行地域もほぼ重なっていることから、確定診断のためには遺伝子検査等の実験室内診断が必要である。このことから、デング熱、チクングニア熱の流行地域を念頭に置いた海外渡航歴の問診は、患者の速やかな確定診断のために重要となる。本症例においても千葉市立青葉病院からの患者情報(海外渡航歴に基づくデング熱、もしくはチクングニア熱疑いの診断)が遺伝子検査を実施する上で極めて有用となった。

チクングニアウイルスの主な媒介蚊はネッタイシマカとヒトスジシマカであるが、ヒトスジシマカは日本国内にも広く分布している。チクングニア熱患者の有熱期における血中ウイルス量は高く、患者を吸血したヒトスジシマカが感染源となる可能性が高いと考えられる。すなわち、今回のような輸入症例を吸血したヒトスジシマカがチクングニアウイルスを保有することにより、日本国内においてヒト-蚊-ヒトの感染環が成立し、チクングニア熱が流行する可能性がある。2007年イタリア北東部におけるチクングニア熱の流行(患者約 300人、死者1人)もインドからの輸入症例が原因であり、媒介蚊はヒトスジシマカであると考えられている。また、日本でも、過去に西日本でヒトスジシマカによるデング熱の流行があったことから、デングウイルスやチクングニアウイルスが国内に侵入した場合、流行の可能性は否定できない。

以上のことから、「チクングニア熱輸入症例の確定診断によるヒト-蚊-ヒト感染環の成立の防止」、および、「海外渡航者に対する流行情報と媒介蚊対策の周知による感染リスクの低減」は、日本国内へのチクングニアウイルスの侵入・定着のリスク回避に重要である。

千葉市環境保健研究所
横井 一  土井妙子  水村綾乃  木原顕子  都竹豊茂  三井良雄
千葉市保健所
奥野友哉梨  西郡恵理子  牧 みさ子  長嶋真美  佐藤ひとみ  大塚正毅  池上 宏
千葉市立青葉病院
瀧口恭男  秋葉容子  駿河洋介

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