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香川県で初めて確認されたコリネバクテリウム・ウルセランス感染による腋下膿瘍の1症例

(IASR Vol. 34 p. 71-72: 2013年3月号)

 

Corynebacterium ulceransは、一部においてジフテリアと類似する毒素を産生し、ジフテリア様疾患を引き起こす人畜共通感染症である。今回、我々は健常な若い男性にC. ulceransによるリンパ節膿瘍の1例を経験したので報告する。

症 例:33歳男性

既往歴:特記事項無し

家族歴:妻と同居

生活歴:漁師、よく出入りする妻の実家に屋内外を行き来する犬3匹を飼育している。

現病歴
2011年12月下旬より右上腕部に無痛性腫瘤を自覚したが、徐々に縮小し消失した。しかし、2012年1月初旬に同部に再度腫瘤が出現。増大傾向にあったため近医受診。加療目的にて当院紹介となった。

来院時、呼吸器症状や咽頭症状は認めず。右腋窩に直径25mm大の平滑な腫瘤を触知した。炎症所見は認めなかった。超音波検査上、同部に10~25mm大の濾胞構造をもたないリンパ節を5個数珠状に認めた。また、全身造影CTでは同部位以外のリンパ節腫脹は認めなかった。血液検査値はWBC12,800、CRP5.51と炎症所見を示していた。悪性リンパ腫が否定できなかったため右腋窩リンパ節生検を行い、摘出標本を病理検査・細菌検査に提出した。リンパ節摘出時、リンパ節内部より壊死・膿汁様排出液を認めた。感染性リンパ節腫瘤が疑われたため、術直後よりレボフロキサシン内服を開始した。しかし、術翌日より発熱・創部の炎症所見が出現した。改善傾向を認めなかったため、術後4日目よりファロベネムナトリウムに変更した。細菌学的検査にてC. ulceransが確認されたため、エリスロマイシン(EM)に変更した。以後、右腋窩のリンパ節膿瘍は退縮し、EM投与開始10日目にはほぼ治癒した。ペットに関する問診を行ったところ、家の内外を行き来する犬3匹を妻の実家で飼育していることが判明した。

病理結果:nuclear dustを貪食macrophage、多形核白血球を伴う中心壊死と、その周囲に多核巨細胞を含む肉芽腫形成がみられる。

細菌培養:抗酸菌検査は陰性、一般細菌培養で純培養状のグラム陽性桿菌が確認された。

細菌学的検査:分離されたC. ulceransの毒素原性をPCR法、培養細胞法で試験した結果、すべての方法でジフテリア毒素の産生能が確認された。同居の妻、母、兄、妻の実家の犬3匹からはC. ulceransは検出されなかった。

血液検査:本人・妻ともにジフテリア抗毒素価が高かった。

考 察
C. ulceransは主に家畜などの常在菌であり、乳房炎(ウシ)や各種動物の化膿性炎症を引き起こすことが報告されている。通常、毒素は産生しないが、一部においてジフテリアと類似する毒素を産生し、人に感染するとジフテリア様疾患を引き起こすことがある。国内外の症例における感染経路として動物が関与している場合が多く、畜産動物との接触、生の乳製品の摂取、愛玩用動物からの感染が報告されている。今回の症例では、患者の妻の実家で犬3匹を飼育していたが、これらの犬からは菌は検出されなかった。ただし、ジフテリア様の症状は示していないものの、同居の妻のジフテリア抗毒素価が患者と同程度に高かったことから、愛玩動物が感染経路になった可能性が示唆された。本邦でのC. ulcerans症例報告は本症例を含め10例と少ないが、イヌ・ネコの関与が疑われる症例が多い。2009年に実施された厚生労働科学研究班による各自治体におけるイヌ・ネコのC. ulcerans保菌状況調査において、岡山県、愛媛県、大分県でそれぞれ 4.5%(112例中5例)、5.0%(101例中5例)、9.8%(92例中9例)と、高率に保菌されていることが報告されており、今後も同様の症例が発生する可能性は十分に考えられる。動物との接触が多い症例においては、本症例も念頭におき、本人の症状のみならず、動物の症状の有無を含めた問診・診察が必要と考える。

 

社会保険栗林病院外科 堀 志郎
香川県環境衛生研究センター 有塚真弓 池本龍一
国立感染症研究所細菌第二部 山本明彦 小宮貴子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan