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本邦初となるCorynebacterium ulcerans感染の小児例

(IASR Vol. 35 p. 226-227: 2014年9月号)

Corynebacterium ulceransC. ulcerans)感染症は、ジフテリア毒素を産生する菌株による場合、人畜共通感染症として近年注目され、重症例では偽膜形成や呼吸困難を呈することが知られている。本邦では13例が報告されているが、主に30~50代の成人例やDPTワクチン未接種の成人であり、小児での報告はまだない。今回私たちはC. ulceransにより頸部リンパ節炎をきたした小児例を経験したので報告する。

症例:6歳女児
既往歴:特記事項なし
予防接種歴:DPT 1期接種済み
生活歴:猫を1匹飼育

現病歴ならびに治療経過:2014年4月に左頸部の疼痛を伴う腫脹が出現した。近医にてCefdinirにより治療されたが症状は改善せず、発熱も認め、第3病日に当院へ入院した。当院初診時、38.4℃の発熱と左頸部に5×2cmの発赤、腫脹と疼痛を認めた。血液検査ではWBC 12,400/μl、CRP 2.3mg/dlと軽度の上昇を認めた(表1)。超音波検査では皮下脂肪組識の輝度上昇、9×7mmのhypoechoic massを認め、周囲にも径10mm程度の複数のリンパ節を認めた。化膿性頸部リンパ節炎としてSulbactam Sodium, Ampicillin Sodium (SBT/ABPC) 150mg/kg/dayで治療を開始した。治療開始後より速やかに解熱したが、頸部の腫脹は改善せず、入院4日目に頸部腫脹の膿瘍部の穿刺排膿を行った。黄色膿汁の排液を1ml認め、膿汁の直接塗抹のグラム染色でグラム陽性桿菌を認めた。その後は腫脹の増悪なく、発熱も認めなかったため計7日間SBT/ABPCの投与を行い、Sultamicillin tosilate hydrate 30mg/kg/dayの内服に変更して退院した。しかし、退院4日目に再度同部位の腫脹を認めた。再度穿刺排膿を行い黄褐色の膿汁1mlを認めたが、直接塗抹のグラム染色は陰性であった。1回目の穿刺で得られた膿汁からグラム陽性桿菌が分離され、薬剤感受性試験を行ったところ、マクロライド系薬剤感性であったため、Azithromycin(AZM)10mg/kg/dayの内服に変更した。その後、分離菌株がC. ulceransと同定されたため、AZMを3日間内服後にErythromycin 30mg/kg/day内服へ変更し10日間内服した。現在のところ症状の再燃は認めていない。

患児より分離されたC. ulcerans菌株は国立感染症研究所へ提出し、ジフテリア毒素産生株と判明した。飼い猫に上気道炎症状、皮膚潰瘍を認めたため、C. ulceransの感染経路として疑い、徳島県立保健製薬環境センターによる咽頭スワブおよび皮膚炎痕からの培養検査が行われたが、既に獣医により抗菌薬を投与された後であったためかC. ulceransは検出されなかった。また、家族の咽頭スワブでの保菌状況を調査したが、C. ulceransは検出されなかった。

考察:DPT 1期を接種した6歳児の87%はジフテリア抗毒素価がジフテリア発症予防の0.1 IU/mlを超えていると報告されており、予防接種完了後の小児ではC. ulceransの感染は起こりにくいと考えられた。本患児もDPT 1期を終了しており、ジフテリア抗毒素価は入院時:0.76 IU/ml、3週間後:6.1 IU/mlであった。入院時の抗毒素価は充分であり、DPT接種により重症化を防げていた可能性がある。また、逆に抗毒素価血清を有していても、リンパ節炎程度の病変は発症しうることも示唆された。2012年に徳島県立保健製薬環境センターより報告された徳島県の猫のジフテリア毒素産生性C. ulcerans保菌率は4.2%であり、その他の地域でも猫や犬をはじめとした動物におけるジフテリア毒素産生性のC. ulceransの保菌、感染が報告されている。ジフテリアワクチンが接種されていてもC. ulceransの感染が起こりうることを認識し、詳細な問診のもと、ジフテリア毒素産生性C. ulcerans感染による小児の頸部リンパ節炎の可能性を考慮する必要がある。


徳島県立中央病院小児科 寺田知正     
徳島県立保健製薬環境センター 小山絵理子     
国立感染症研究所細菌第二部 山本明彦

 

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