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中小規模医療機関におけるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症

(IASR Vol. 41 p151-152: 2020年8月号)

わが国のカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)の疫学は, これまで大規模医療機関を中心とした研究や院内感染事例が主に報告されてきた1-3)。中小規模医療機関は, 一般的な細菌検査を中心に行う民間の衛生検査所に外注することが多いことから, 分離されたCREのうち, 問題となることの多いカルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(CPE)の割合に関する情報は乏しかったと考えられる。

CRE感染症は2014年9月より感染症発生動向調査の全数把握疾患となり, 診断したすべての医師が保健所に届け出ることとなった。さらに, 2017年3月に発出された通知により, 届出患者から分離された菌株のカルバペネマーゼ遺伝子の有無を含み, 病原微生物検出情報への報告が開始された4)。これらのサーベイランス情報から, 中小規模医療機関を含めた実態の把握が可能となったため, 2017年4月~2018年3月までの1年間に届出のあったCRE感染症について, 200床未満と200床以上の医療機関に分け, 施設特性, 患者特性, 分離菌の特徴を比較した。期間中にCRE感染症の届出を行った医療機関の病床数は, 届出医療機関名と住所を基に各医療機関のホームぺージ等から取得した。2017年の医療施設調査によると, 全国の病院数は8,412施設であり, その多く(5,768施設, 68.6%)が200床未満であった5)

対象期間中に届け出られた1,685例のうち, 検出病原体名が腸内細菌科細菌以外であった4例と, 病床数を確認できなかった医療機関から報告された6例を除いた1,675例の概要をに示す。届出を行った743医療機関のうち, 569施設(76.6%)が200床以上の病院, 171施設(23.0%)が200床未満の病院, 3施設(0.4%)が有床診療所であった。CRE感染症は全国の病院の8.8%より届出がなされているが, 届出を行った医療機関の割合を病床規模別に比較すると, 200床未満では3.0%であるのに対し, 200床以上では21.6%とその差は顕著であった。医療機関当たりの届出患者数は200床以上の医療機関の方が多いものの, 病床数当たりでみると, 200床未満の医療機関の方が多かった。

200床未満と200床以上の医療機関別に届出患者特性を比較すると, 200床未満の医療機関届出患者の方が, 年齢が高く, 有意差はないものの女性が多かった。届出時の死亡例の割合は全体で4.1%であり, 200床未満の医療機関では7.9%と, 200床以上の医療機関の3.5%に比べ有意に高かった。菌種にも差がみられ, 200床未満の医療機関では, 200床以上の医療機関よりもKlebsiella pneumoniaeEscherichia coliが分離された患者の割合が高かった。1,675例中737例(44%)では病原体情報が報告され, 病床規模によりその割合に差は認めなかった。カルバペネマーゼ遺伝子陽性株の割合は全体で26.6%であったが, 200床未満医療機関に限ると35.5%となり, 200床以上の医療機関の25.3%より有意に高かった。

200床未満の病院では療養病床を持つ割合が200床以上の病院よりも多く, また, 細菌検査の実施数は少ない傾向がある5,6)。200床未満の医療機関届出患者では, 年齢分布が高く, CREにおけるカルバペネマーゼ遺伝子陽性株の割合や届出時点での死亡率が高いことには, このような施設特性が関与している可能性がある。現時点では, 200床未満の医療機関の3.0%でのみCRE感染症が発生しており, 比較的稀である。しかし, 国内の急性期および長期療養型病院で実施されたIMP型のCPE保菌調査では, 長期療養型病院の保菌率が急性期病院よりも高かったとの報告もあった7)。地域内での医療連携が推進される中, 患者の移動により薬剤耐性菌は容易に地域内に蔓延しうる。中小規模医療機関も含めた地域連携のネットワークの中での薬剤耐性菌対策において, 保健所や地方衛生研究所といった行政の果たす役割が重要と思われる。

謝辞:発生動向調査・病原体サーベイランスにご協力いただきました全国の医療機関, 保健所, 地方衛生研究所の皆様に深謝申し上げます。

 

参考文献
  1. 北橋智子ら, IASR 38: 229-230, 2017
  2. Komatsu Y, et al., PLOS ONE 13(8): e0202276, 2018
  3. Hayakawa K, et al., J Antimicrob Chemother 75(3): 697-708, 2020
  4. IASR 39: 162-163, 2018
  5. 平成29年(2017)医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/17/
  6. 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業 検査部門2018年年報病床数別公開情報
    https://janis.mhlw.go.jp/report/kensa.html
  7. Yamamoto N, et al., J Hosp Infect 97(3): 212-217, 2017
 
 
国立感染症研究所   
薬剤耐性研究センター 
 鈴木里和 松井真理 菅井基行      
同感染症疫学センター 
 池上千晶 山岸拓也 島田智恵 松井珠乃

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