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カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症

(IASR Vol. 40 p17-18: 2019年2月号)

カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症は, グラム陰性菌による感染症の治療において最も重要な抗菌薬であるメロペネムなどのカルバペネム系抗菌薬および広域β-ラクタム剤に対して耐性を示すEscherichia coliKlebsiella pneumoniaeなどの腸内細菌科細菌による感染症の総称である。CREは主に感染防御機能の低下した患者や外科手術後の患者, 抗菌薬を長期にわたって使用している患者などに感染症を起こす。肺炎などの呼吸器感染症, 尿路感染症, 手術部位や皮膚・軟部組織の感染症, カテーテルなど医療器具関連血流感染症, 敗血症, 髄膜炎, その他多様な感染症を起こし, しばしば院内感染の原因となる。時に健常者に感染症を起こすこともある。また無症状で腸管等に保菌されることも多い。

感染症発生動向調査(NESID):CRE感染症は2014年9月19日より5類全数把握疾患に追加された(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-140912-1.html)。なお本調査では発症者のみを届出対象としている。CRE感染症患者は2015~2017年まで毎年約1,600例の届出があったが, 2018年は12月25日現在の第48週までの集計ですでに2,000例を超えている(図1)。4年間を通じて毎年全体の約80%の患者が65歳以上で占められていた。都道府県別報告数では東京都, 神奈川県, 愛知県, 大阪府, 福岡県の上位5都府県で全体の43%を占めた。年間報告数が10を超える都道府県が2015年は35であったが, 2016年には38, 2017年と2018年(第48週まで)は39と徐々に増加している(図2)。

なお菌種別報告割合では2018年まで上位4菌種をEnterobacter cloacae, Klebsiella aerogenes(2017年に学名変更), K. pneumoniae, E. coliが占めているが, 2017年からK. aerogenesの割合が増加し, 首位となった(図3)。

病原体サーベイランス:CREの中でもカルバペネム分解酵素であるカルバペネマーゼを産生する腸内細菌科細菌(CPE)はβ-ラクタム剤以外の抗菌薬に耐性を示す場合も多く, CPEによる菌血症は, カルバペネマーゼ非産生CREによるものと比較して治療予後が悪いと報告されている(本号8ページ)。またCPEは多くの場合, カルバペネマーゼ遺伝子をプラスミド等の可動性遺伝因子上に保有するため, 薬剤耐性を菌種を越えて伝播させることが知られている。このため, CREのうちCPEは院内感染対策上も治療上も区別が必要と考えられ, カルバペネマーゼ遺伝子検査の実施が必要とされる(本号6ページ)。

2017年3月28日に厚生労働省健康局結核感染症課長通知に基づき, 地域における流行状況を把握するためにCRE感染症の届出があった際には, 地方衛生研究所(地衛研)等でカルバペネマーゼ遺伝子(耐性遺伝子) 等の試験検査が実施されることとなった(本号3ページ)。カルバペネマーゼにはいくつかの種類があり, 国内で多くみられるIMP型, 海外で広がっているNDM型, KPC型, OXA-48型が知られている。海外型は多くの場合カルバペネムのみならず他の抗菌薬にも耐性を示す多剤耐性型が多く, 感染対策上, 特に注意を要する(IASR 35: 283-284, 2014)。

病原体サーベイランスに登録された株のうち, いずれかのカルバペネマーゼ遺伝子が検出された株は2017年239株, 2018年上半期123株で, いずれもIMP型が2017年227株, 2018年上半期111株と大半を占めた。2017年におけるCREに占めるIMP型検出割合は菌種や遺伝子型により大きな地域差を認めた(IASR 39: 162-163, 2018参照)。一方, 海外型カルバペネマーゼ遺伝子陽性株の報告が6自治体からあり, 大部分が渡航歴のない患者由来であった。

また2018年にはKPC型カルバペネマーゼ遺伝子陽性株によるアウトブレイク(本号11ページ)やNDM型カルバペネマーゼ遺伝子陽性株による病院内環境の汚染報告(本号12ページ)があり, 海外型カルバペネマーゼ遺伝子陽性株の地域あるいは院内環境への拡散が懸念される(本号9ページ)。

2018年からは国立感染症研究所(感染研)薬剤耐性(AMR)研究センターと同感染症疫学センターが協働して毎週, CRE感染症届出事例についてテレカンファレンスを行い, NESIDの患者情報と病原体検出情報を共有し, 報告症例のリスク評価および必要に応じて自治体等への確認を行っている(本号4ページ)。

厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)事業:JANISの検査部門では, 2,000を超える参加医療機関で実施されたすべての細菌検査データを継続的に収集・集計し, 日本国内の主要な薬剤耐性菌の分離状況を明らかにしている。NESIDとは異なり, 保菌と発症を区別せず, 医療機関で分離されて感染症法の届出のために必要な検査所見を満たす菌のデータを集計している。CRE分離患者数は漸減傾向を示しているが2017年においても7,000件を超える。JANISにおけるCRE分離患者数は, NESID届出患者数(発症のみ)に比較して著しく多いことから, CREは保菌状態の患者が多い可能性がある。またCREの菌種割合はNESIDと同様で, K. aerogenesの割合増加はJANISの2017年のデータでも確認されている(本号5ページ)。

ワンヘルス動向調査:CREを含むAMR問題への対応はワンヘルスアプローチ, すなわち医療, 畜産, 環境等, マルチ・セクターの協働・協力が必要であり, 国際的には世界保健機関(WHO), 国際獣疫事務局(OIE), 国連食料農業機関(FAO)等が中心的な役割を担っている。AMRナショナル・アクション・プラン(NAP)2016-2020ではヒト, 動物, 食品および環境から分離される薬剤耐性菌に関する総合的なワンヘルス動向調査を実施することが明記されており, JANISは参加医療機関で分離されたヒト由来病原細菌の耐性率を, 動物由来薬剤耐性モニタリング(JVARM)や地衛研は動物, 食品由来病原細菌の耐性率(分離された細菌に占める耐性菌の割合)を公開し, 薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会がこれらの情報を集約している(ワンヘルス動向調査年次報告書;https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000415561.pdf)。河川や下水等を中心とした環境の耐性菌調査に関しては, 2018年から厚生労働科学研究費補助金による研究事業でモニタリングが開始されたところである(本号13ページ)。

AMRナショナル・アクション・プランと成果指標: 2015年WHO総会でAMRに関するグローバル・アクション・プラン(GAP)が採択され, わが国でも2016年にNAP 2016-2020が策定された(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000120769.pdf)。NAPを受け, 国内外の様々なAMRの情報を収集し, 臨床現場への還元, 研究面での活用, 行政, WHO等への政策提言を行うなどAMRに関する包括的なシンクタンク機能を担うべくAMR研究センターが2017年感染研に設立された。NAPの成果指標に用いられるヒト由来病原細菌の耐性率は感染研AMR研究センターが実施しているJANISデータをもとに算出されている。E. coliおよびK. pneumoniaeのカルバペネム(イミペネムおよびメロペネム)耐性率として0.2%がNAPの成果指標として定められている。2017年わが国でのK. pneumoniaeのメロペネム耐性率は0.4%と成果指標よりも高くなってしまっていることや, NESIDの患者届出数が2018年に増加していることから, 今後, さらに各地域での疫学を把握し対応力を強化するために全国サーベイランスの継続的実施が必要と思われる。

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