国立感染症研究所

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同一ツアー内におけるデング熱、チクングニア熱の発生事例

(IASR Vol. 34 p. 305-306: 2013年10月号)

 

カンボジアでの生活体験ツアーに参加した生徒のグループ内(小中学生8名、引率者1名)から、検疫所の入国時スクリーニングでデング熱およびチクングニア熱を同時に検出したので報告する。

ツアー内容:2013年8月2日成田国際空港から出国し、カンボジアの視察、生活体験後、8月12日に成田国際空港へ帰国のツアー。4~8日はコンポンチャム州内の村落でそれぞれホストファミリー宅に滞在。ツアー参加者が滞在した住居は蚊の侵入が容易な家屋であり、参加者は蚊の忌避剤、蚊取り線香を使用していたが、屋外、屋内にかかわらず蚊に刺されていた。

症例1:12歳女子生徒。検疫時の症状は、発熱(39.6℃)、頭痛、後眼窩痛、関節痛、水様性下痢、全身倦怠感。女子生徒は8月9日より発熱、頭痛、後眼窩痛、関節痛、全身倦怠感で発症し、12日より水様性下痢も認めた。12日の帰国時に、発熱を主訴とし検疫所健康相談室を訪室した。検疫所健康相談室では、渡航地、渡航期間、蚊の刺咬歴から、マラリア、デング熱、チクングニア熱の血液検査が必要であると判断し、検疫医療専門職が説明の上、採血、検査を行った。

(検査結果)デング熱NS1抗原イムノクロマト検査(DENGUE NS1 Ag STRIP: BIO-RAD)陽性、デングウイルス特異的型別プライマーによるTaqMan RT-PCRでデングⅠ型、Ⅳ型陽性。マラリア迅速検査First Response  Malaria  Ag.  pLDH/HRP2  Combo(Premier Medical社製)およびアクリジンオレンジ染色法およびギムザ染色法によるマラリア原虫顕微鏡検査は陰性、チクングニアウイルス特異的プライマーを用いたTaqMan RT-PCRは陰性。以上の結果からデングウイルスⅠ型とⅣ型の重複感染疑いと診断した。重複感染を確定するために現在ウイルスを分離中である。

(経過)検査結果を当日中に保護者へ連絡した。女子生徒は8月12日に東京都内の病院に入院し、対症治療の下に経過観察を受け、8月17日の時点で解熱した。

症例2:14歳男子生徒。検疫時の症状は発熱(38.3℃)、頭痛、関節痛、全身倦怠感。男子生徒は8月9日に泥状便と腹痛を認めたが、消化器症状は1日でほぼ回復した。一方、10日から発熱、頭痛、関節痛、全身倦怠感が出現し、症状が帰国時まで持続した。滞在中の蚊の刺咬歴あり。12日の帰国時に、症例1と同様に発熱を主訴とし検疫所健康相談室を訪室した。同様に、マラリア、デング熱、チクングニア熱の可能性を考慮し、血液検査を行った。

(検査結果)チクングニアウイルス特異的遺伝子陽性。マラリア迅速検査、原虫顕微鏡検査、デング熱NS1抗原、デングウイルス特異的遺伝子はいずれも陰性であった。以上の結果からチクングニアウイルス感染症と診断した。

(経過)検査結果を保護者へ連絡し、男子生徒は8月13日に近医を受診した。外来担当医は生徒の全身状態が良好であったことから、対症治療下に外来経過観察とした。

2012年はデング熱が220例、チクングニア熱が9例報告されている1)。IDWR速報データによれば 2013年第33週現在、131例のデング熱が報告され、チクングニア熱は本症例が2013年の第9例目である。今回の事例では、同一の旅行行程において両感染症が同時に発生していることにおいて注目される。

デングウイルスとチクングニアウイルスは日本には常在しない。デング熱は世界では熱帯地域を中心に毎年5,000万~1億人が感染している2,3)。また、デング熱の発生率は、50年の間で30倍に増加しており、今後も増加すると予想されている4)。一方、チクングニア熱は2011(平成23)年から検疫感染症および感染症法に基づく4類感染症に指定され、日本では年間10例前後の輸入例の報告がある。主な媒介蚊はデングウイルスと同じネッタイシマカと日本にも常在するヒトスジシマカである。今回、同一の村落での感染が疑われる2症例で、それぞれデングウイルス感染(I型、IV型重複感染疑い)、チクングニアウイルス感染がみられたことから、同一地域での両感染症の循環が示唆され、様々な年齢の旅行者がこのような地域に渡航する機会が増加するのに伴い、感染に対するリスクが増加していることは明らかである。

今回の事例では、蚊に対して忌避剤や蚊取り線香を用いるなど、蚊の刺咬に対する一般的な防御対策を行っていたが、感染を防御することはできなかった。蚊媒介性感染症が流行する地域への渡航では、渡航地域での流行状況の把握、感染リスクを低減する行動様式、旅行行程の配慮、蚊の刺咬防御に対する準備を慎重に行う必要がある。 

また、渡航中、帰国時に発熱を主とする症状がみられた場合は積極的に原因検索をすべきであり、特に、デング熱が疑われる症例では、チクングニア熱についても積極的に疑う必要があるといえよう。

 

参考文献
1)IDWR, http://www.niid.go.jp/niid/images/idwr/kanja/idwr2012/idwr2012-52.pdf,  p24 -25
2)Varatharaj A, Neurology India 58(4): 585-591, 2010
3)WHO media centre, Dengue and severe dengue, WHO Fact sheet N°117,   
     http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs117/en/index.html
4)WHO, Dengue Guidelines for Diagnosis, Treatment, Prevention and Control, WHO 2009
     http://whqlibdoc.who.int/publications/2009/9789241547871_eng.pdf, p3

 

成田空港検疫所   
  検疫課 磯田貴義 本馬恭子 牧江俊雄 古市美絵子   
    検査課 久世敏輝 金川真澄 森 里美   
    所長 三宅 智

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