デング熱・デング出血熱 2019~2023年
(IASR Vol. 45 p131-133: 2024年8月号)デング熱はデングウイルス(DENV)に感染することにより発症する蚊媒介性ウイルスによるウイルス性急性熱性疾患である。DENVは, フラビウイルス科フラビウイルス属に分類され, 1-4型の4つの血清型がある。DENVの感染経路においては, ネッタイシマカ(Aedes aegypti)やヒトスジシマカ(Aedes albopictus)の刺咬によりヒト→蚊→ヒトの感染環が成立する。ネッタイシマカは都市部に多く生息し, ヒトスジシマカは都市部と郊外の両方に生息するため, 都市部とその周辺地域においてデング熱の大きな流行が発生する場合があり, 屋外におけるマスギャザリングなどにおいてもDENV対策が重要となってくる。日本では, ヒトスジシマカは本州以南の広い範囲に生息している(本号4ページ)。ヒトはDENV感染蚊に刺咬されると, 通常3~7日程度の潜伏期を経て発熱, 発疹, 疼痛(筋肉痛や関節痛)を3主徴とするデング熱を発症する。デング熱はデング出血熱やデングショック症候群を含む重症デング熱と呼ばれる致死的な病態に発展することがあり, 南アジア, 東南アジア, 中南米・カリブ海諸国において子供の主な死因の1つとなっている(本号5ページ)。デング熱は世界の熱帯・亜熱帯地域で流行しており, 近年世界的にデング熱の症例数が増加傾向にある。またネッタイシマカの生息しない温帯地域の欧州においても, デング熱の国内症例が2012年以来散発している(本号6ページ)。デング熱の特異的な治療法はなく, わが国で承認されたワクチンもないため(本号7ページ), 輸液や解熱鎮痛薬などで対処する。重症デング熱は, 出血, ショック症状を呈し, 死に至る危険性もあるが, 早期診断と適切な治療により治癒が期待される。海外のデング熱流行地に渡航する場合には, 虫よけスプレー等の忌避剤を適切に使用して, 蚊に刺されないようにすることがDENVの感染予防に重要である。ところで細胞内共生細菌であるボルバキアに感染したネッタイシマカには, 1)DENVの増殖抑制や, 2)受精卵の細胞質不和合による繁殖低下等の影響が観察されており, 人工的にボルバキアを導入したネッタイシマカの野外放飼試験により, これら性状を活用したDENV媒介蚊対策がオーストラリア, ベトナム, ブラジル, 米国, 中国等で試みられている(本号8ページ)。
感染症発生動向調査
感染症法に基づく感染症発生動向調査では, デング熱は全数把握が必要である4類感染症に分類されている。そのため, デング熱を診断した医師は保健所を通して直ちに都道府県知事に届け出ることが義務付けられている(デング熱の届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-19.html参照)。デング熱の届出数は, 集計を開始した1999年の9例以降増加傾向にあり, 2019年には463例と過去最多であった。しかしながら2020年3月以降の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行による渡航制限にともない, 2020, 2021年には年間8, 43例となり, デング熱の輸入症例数は激減した。渡航制限の解除にともない, その数は増加しつつある(図1, 表1, 本号10ページ)。なお, 2014年にはDENV-1型による162例の国内感染例が(IASR 36: 35-37&37-38, 2015), 2019年にはDENV-2型による3例の国内感染例(IASR 41: 96-97, 2020)が発生した。デング熱の輸入症例においては, 毎年DENV血清型1-4型による感染例が確認されている。2019年, 2021~2022年ではDENV-1型の感染例が, 2020, 2023年ではDENV-2型感染例が最も多かった。さらにDENV-3型も多く検出されている(表2)。よって海外渡航者に対するデング熱に関する適切な情報提供が重要である(本号12ページ)。
患者発生の季節性: 2019年および2023年は, 例年通り8~9月に患者の増加が認められるが(図1), 渡航制限期間はそのような傾向は認められなかった。渡航制限期間においては, 渡航先のデング熱の流行状況よりも旅行者数の減少が大きな因子として影響したと考えられる。
推定感染地: 2019~2023年に診断された輸入症例の渡航先は, 少なくとも35カ国/地域であった(表3)。2019~2023年に報告された輸入症例785例のうち680例(86.6%)の渡航先は, アジア地域, 特に東南アジアであった。例年, フィリピン, ベトナム, タイ, インドネシア, インド, カンボジア, マレーシアなどへ渡航して感染した輸入症例が多く, これは渡航先でのデング熱流行状況および日本からの渡航者数の多さを反映していると思われる。その他に, 中南米・カリブ海諸国, オセアニア, アフリカで感染したと推定された輸入症例も届出された。2019, 2023年は世界的にデング熱の流行規模が大きく, これら地域からの輸入症例が増加した(表3, 本号6ページ)。
性別と年齢: 2019~2023年に届出されたデング熱症例788例の性別は, 男501例(63.6%), 女287例(36.4%)であり, 年齢は20代が240例(30.5%), 30代190例(24.1%), 40代120例(15.2%)であった。傾向として男性に多く, 20代の感染者がもっとも多かったが, 幅広い年齢層で症例が認められた(図2)。
デング出血熱: デング出血熱症例は, デング熱として報告されている届出数のうち, 2019~2023年にかけて, 各年8例(1.7%), 2例(4.7%), 0例(0%), 1例(1.0%)および1例(0.6%)であった(表1)。届出時点でのデング熱およびデング出血熱による死亡例はなかった。
実験室診断: ウイルス分離, RT-PCRによる遺伝子検査, NS1抗原検査, 血清学的検査(IgM抗体検出, 中和抗体検出など)のデング熱実験室診断は, 地方衛生研究所(地衛研), 国立感染症研究所(感染研)ウイルス第一部において実施されている(本号13ページ&15ページ)。ウイルス分離や遺伝子検査によりDENVの血清型を同定することが可能である。NS1抗原検出キットを用いることで, 簡便かつ迅速(約30分程度)に結果を得ることができる。血清学的診断では, 特異的IgM抗体の検出や, 急性期と回復期のペア血清を用いた特異的IgGや中和抗体の有意な上昇の検出が有用である(表4)。2019年以降では, RT-PCRによる遺伝子検出, 非構造タンパクNS1抗原検出, IgM抗体検出により実験室診断される例が大半である(表4)。
日本におけるデング熱対策
DENV媒介蚊の1種であるヒトスジシマカが日本国内に生息すること(本号4ページ), また渡航制限の解除以降, 海外の流行地で感染した者が入国する症例が増加傾向にあることから, 国内で蚊とヒトの間で感染環が成立し, 今後も国内でデング熱が発生・流行する可能性がある。よってサーベイランスを通じて, デング熱の国内流行を早期検出することが重要である。デング熱, チクングニア熱やジカウイルス感染症等, 蚊媒介感染症の流行に備えて, 2015年に厚生労働省より「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針」が示されており, 平時からの媒介蚊対策の励行, 蚊媒介感染症発生の迅速な把握, 蚊媒介感染症発生時の媒介蚊に対する対策, 患者への適切な医療の提供, 等の指針が定められている。また, 実務的なガイドラインとして「蚊媒介感染症の診療ガイドライン(第5.1版)」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/2358-disease-based/sa/zika-fever/8592-zika-medical-g5.html)が感染研においてまとめられており, 疫学, 病態, 診断から届出, 治療, 予防に至る一連の手順等が示されている。また, 近年中南米ではオロプーシェ熱が流行しており, デング熱との鑑別診断として重要であることが注目されている。したがって国や地方の行政機関, 医療機関, 研究機関が連携して, デング熱をはじめとした蚊媒介感染症対策に当たることが求められる。